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哲学の危機的状況について
よしなしごと【気まぐれ選100】
哲学と言えば「逍遥」である。お散歩のことだ。世の哲学は散歩と共にあると言ってもいい(少なくとも土屋賢二先生は賛成してくれそうだ)。
哲学者でなくても歩きながら物事を考えるのは、気分転換になるし頭の働きがよくなる。アイデアも浮かぶ(こともある)。しかし最近は、寒いから・・というわけでなく、お散歩しにくい。
原因は社会状況にある。大体徒歩15分圏内がお散歩範囲だが、街中なので幼稚園や小学校があちこちにある。
下校時間と重なろうものなら、学校の周りは何だかピリピリしている。「どこどこへ何々しに行く」という目的を持たずに、ぼんやりと考え事をしながら歩いていると、見た目には「不審者」である。こういう場合、犬を連れていると「散歩という目的」が視覚的にはっきりするのだが、残念ながら犬は飼っていない。もし、ぬいぐるみで代用すれば「不審者」から「変質者」へとランクアップするのは確実である(さらにデジカメを持ち歩いていると余計に怪しい)。
したがって注意深く学校の周辺は避けて歩かなければならない。公園も同様である。子供に出来るだけ会わないようにしたい。となると、「散歩ルートを考えながら、目的を持って歩く」という事態に陥る。これでは散歩の意味がない。強いて言えば哲学の危機である。
というようなわけで、私は哲学者ではないが、blogのネタに困っている。
【よしなしごと0126・2005年12月12日 (月)掲載】
【よしなしごと】シリーズは『tanpoPost』に2004~2013年にかけて掲載したブログ記事です。エッセイ風のショートストーリー、パロディ、ニセ論文、小ネタ、などなど。思いつくままに書き散らした小文をランダムに【選】としてご紹介します。お付き合いいただければ幸いです。