自縄自縛だけれど。

話を聞いてもらえないとつらい。家を出て一人暮らしをし始めたときの感想だ。
一人暮らしを初めて数日は、一人でも何ら孤独感を感じない。
だが、家事や一人遊びに慣れていくにつれて「誰かと共有したい!」という衝動に駆られる。
仕事をしているのでそれなりに会話をしているはずなのだが、どうやら別問題らしい。
事態を打開すべく暇な友達を誘ってのお泊り会を開催することに。

お泊り会前日などは何を話すかで頭がいっぱいになっていた。これで友達に急用ができてお泊り会ができなくなったらおかしくなるんじゃないかと思うほど。
最後の一人の夜、ふと、これまでの人生で人に話を聞いてほしいと思ったことがあっただろうかと考えていた。

恐らくない。ただの一度も。

元の環境が悪かったのか、生まれ持った性格なのかは分からない。
これまで率先して誰かと話したいなどと思ったことはない。

「ねぇねぇ、いやなことでもあった?」これが私の口癖だ。
私はなるべく辛そうな人の話を聞く、聞いている最中は絶対に何も言わないで聞くことに徹する。
向こうが満足したらその場から離れて終わり。もちろん報酬を求める事なんてしない。

この行為を始めたきっかけは自分が楽をするため。自分には何一つ非がない状態でありながら会話を回避できるこの”戦術”を私は長らく愛用していた。

その結果として、あまり人を信用しない人間になっていた。
自分の行ってきた結果とは言え、あまり好ましい状態ではない。
そんな自分が好きではなかったし、未来に希望など抱くこともなかった。

しかし一人暮らしをして孤独に悩み、ついには自らお泊り会を開催するまで成長していた。
かつての自分からしたらあり得ないことだ。

環境を変えただけでこの成長ぶり。
実際は、ただ寂しくてかまってほしいだけだが、それでも自分が望んでいた自分に近づいたことを喜びたい。

そうすれば私の心の中に居る冷たい目をした子供もいつかは笑顔になるだろう。
そういえば友達も私から誘いを受けたことを喜んでいてくれたな。

こういう試行錯誤の末に未来があるのだろう。
自分にも他人にも優しい未来が。

このことに気が付けただけで、私の孤独感にも意味がある。
今現在も続く日常の中に学びを見つける習慣の始まりだ。

布団の中、成長した私は笑顔。
翌朝、友達からの「急用ができたのでやはりいけない」という連絡を受けてもやはり私は笑顔だった。

#習慣にしていること

#未来のためにできること


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