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誕生日には新しい香水を自分に贈る。


自分の誕生日には香水を贈ることにしている。22歳の誕生日に始めたこの習慣は、今年で5年目になる。私は香水が好きで、普段から気になる新作が出たら店頭で試し、アトマイザーを買って使う。だから誕生日で買うフルボトルは、普段から地道な吟味と熟考を積み重ねた上で選出しているものなので、今のところすべて本当に買ってよかった、宝物である。
今まで買った4つの香水たちを思い返すと(まだ残っているものも多いのだが)、ある時点での夢想や憧憬の象徴であるように思えて、感慨深い。今回はこの習慣の5周年記念ということで、香りと共に振り返っておく。

22歳 マイバーバリー オードパルファム / Burberry

現在取扱なし…!

イギリスのBurberry本店で、香りが素敵すぎて思わず買ってしまった香水。ザ・ブリティッシュな香り。海外の人とすれ違う時にする、いかにもな香水の香りでもある。当時、初めての海外生活で、イギリスに留学していた時、あらゆるものが新鮮で刺激的だったが、その一つが「香り」だった。外国人とすれ違う時の香りだけではない。曇りがちな空の下、雨を含んだ空気と土の香り。ホストマザーが衣服をポプリと共に畳んでしまっていてくれたので衣服に移っていたほのかな香り。リビングに充満していたぐつぐつ煮えたマーマレードの香り。
私はそれまで、生活の中で「香り」を意識したことはあまりなかった。香水も持っていなかった。「いい香り」なんて思うのは、もっぱら美味しそうなご飯を前にした時くらいだ。それなのに、イギリスに来て私は人が変わったように鼻の感性が上がった。笑
変化は香りに対してだけではない。それまでの私は、服はパルコとかに入っている女子向けブランドのふんわりきれいめな感じが好きだったし、音楽はJポップやロキノン系を聴いていた。それなのにイギリスに行ったら、服はどんどんシンプルになっていき、いかにも海外っぽい感じにシフトした。聴く曲はEd SheeranやAdele から始まり、RadioheadやLed ZeppelinみたいなUKロックに移行した。Alexis Ffrenchというイギリス出身のピアニストにもハマって、日常のBGMに浸った。いかにもな「英国カブれ」だ。笑 
でも、異文化に染まりきったり、感銘を受けたり、感化されるという経験をできて良かったと、いま心から思う。おかげで当時の私の、同一性極まった感性や感覚、思考に、風穴を空けることができたからだ。今では仕事で海外に行き、本当に多様な人々と出会い、話し、自分の中でどんどん世界がミックスされ、循環していくことは特別ではなくなった。当時のように感銘を受けたり、動揺することもなくなった。だがこの香りを嗅ぐといまだに心が震える。人間って面白いし、世界は意外と広いし、そして私は小さく、無知である。自身の感覚も世界もまた、思い込みである。そのことがあまりに希望に満ちて感じられ、あの時ほど一瞬一瞬を忘れ難いものにするために必死だった時期は、生きてきて、なかった。

23歳 white lily / shiro

「洗練されたフローラルをまとう、すっきりと清潔感のある香り。
<香調>
TOP:ベルガモット、ブラックカラント、グリーン
MIDDLE:リリー、ジャスミン、ローズ
LAST:アンバー、サンダルウッド、ムスク」


「君の風下に居たい」と言われた深夜2時のコンビニ帰り。彼がいつも私の後ろを歩くのは何故かを聞いたら、そう返ってきた。報われなかったけど、彼に人生初の、本気の恋をしていた浅はかな私は、酔った彼のこの台詞だけで報われてしまったのだった!あまりにも未熟!そして私より6個上の彼も、今思えば未熟な子どもだったけれど、当時はそんな弱さも魅力に思えた。恋は盲目とかいう使い古された真理を、私は地で体験するハメになった。
この香りを初めて試した時に、ちょっと少女感が強くて私の好みではなく、甘すぎるかなと思ったけど、振り向いて貰うために藁にも縋る思いで駆けつけたのが、shiroだった。さすが、THE・モテ女子の香り殿堂入りブランド(勝手に命名)だ。バカになどしていない。むしろ当時の私は神社でお守りを買う気持ちで、shiroでこのオードパルファンを買ったのだ。当時はこれしかつけなかった。オーデコロンだから、香りは気づいたら消えてしまう。
この恋が終わる頃には使い切ってしまって、もう一生纏わない香りとなった。寂しさはない。今はもう戻れないし、あの時の自分には戻りたくはない。あるのはこの香りに対する感謝だけだ。不安定だが切実だった憧憬が重過ぎて背負いきれず、ほんの少しの違和感とことばだけで崩れそうだったかつての脆く未熟な私を、いつも包んで味方でいてくれたこと、ありがとう。

24歳 PHILOSYKOS / Diptique


フィロシコス

「ギリシャのぺリオン山で過ごした夏の思い出。海に行くには野生のイチジク林を通る必要がありました。高く昇った太陽が地面を暖め、乾いた風がイチジクの木々と果実の香りを運んできました。フィロシコスは、葉の緑のさわやかさ、白い木の濃密さ、イチジクの樹液など、イチジクすべてに捧げる頌歌です。オー ド パルファンでは、イチジクの木の別の様相を感じてください。果実の香りが一歩引き、降り注ぐ太陽で熱せられたイチジクの木と樹皮が放つウッディな力強さをホワイトシダーが引き立てます。」公式HP

退職、引越し、失恋が重なって、一気に変容を迫られた秋、束の間の休息期間に迎えたのが24の誕生日。丸一日、一人の誕生日!ソロ誕生日というのも悪くない、というと強がりに聞こえるが、実際、当時疲弊し切っていた私にとって、一人でいられることは私でいられるということだからとても気持ちがよかった。全てが終わって、自分という空洞の容れ物の中を、秋風が吹き抜けて凪いでいく感覚がした。そんな中ブラリとしていたときにセレクトショップで出会ったのがこの香水だった。青々しい無花果の香り。すこし苦くて、濡れた木の香りもする。禁断の果実は無花果だったという逸話もあるが、なんとも独特の生っぽさを感じて、ああ好きだ、と思った。アトマイザーで試さずにその場でフルボトルを即決するなんてことは普段しない。でもその感覚こそが今の自分には必要だ、と思った。誰かのためではなく、何かの意味を求めてではなく、ただそこに在るものを愛する感覚を取り戻し、それに執着するのではなく失っても構わないくらいに静かな心で自分の感覚を信頼仕切っていたいと思ったのだ。
今でも爽やかな気持ちになる、青々しい自分も好きになれる、特別な香り。

25歳 Elemire / Aesop

「いきいきとした爽やかな香りのフレグランス。すっきりと香るトップノートは、徐々にワックスフラワー、繊細なジャコウ、雨に濡れたコンクリートの香りへと変化していきます。」

新しい環境、新しい仕事、新しい趣味。再出発して怒涛の日々で、自分の人生を生きている、そんな恵まれた実感の中で25歳の誕生日が来た。職場の同僚たちが誕生日パーティーをしてくれて、本当にここに来て良かったと思った。元々好きなブランドであるAesopで、新作の香水を試した時、戦慄が走った。それは感覚的なもので、宗教的ですらあった。ひとつの心象風景を想起させた。そこは全てが終わった地であり、全ては廃れている。仰げば青空、足元には、青々とした草原、小さな草花などがあって、そして私はひとりでそこに立つ。凪いだ心で空っぽな私もまた、ただ風に揺られている…この香りを嗅いだ時、エレミアの風を一生、私の心の中に吹かすと決めた。迷わないために。迷っても自分で見つけていくために。そしてその過程は、全てこの場所につながっていると感じた。
運命の香水。四半世紀生きたこのタイミングで出会えたことに感謝した。

26歳 LOST CHERRY / Tom Ford

「甘美で、誘惑的な、飽くことを知らない香り。お菓子のようにキラキラと楽しげな外面と、内側のおいしそうな果肉という、異なる二つのものへの誘惑を表現しています。純粋な無邪気さと官能の極みが交わる場所への旅路をイメージして、官能的な果実と息をのむほど美しい花々を想像させ、魂を揺さぶるかのような香りを閉じ込めています。」



そして先日、26度目の誕生日でした。25から26って、一気に歳を重ねた気がする。この「遂に20代後半戦が始まったぞ!」感がどうしてもねえ。実際は誕生日を迎えようが昨日から続く私であり、1つ歳を取ろうが、10年経とうが変わらないとわかっているのに。年齢や、性別や、才能や、環境や、運や、時間を理由に、自分を見限らないでいたいという気持ちが年々高まっている。というのも、仲が良かった女友達たちはどんどん同棲、結婚、出産していく一方、私は仕事で各地を転々とするノマド生活、好きな仕事でスキルアップに勤んでいるが、フリーランスのように未来は不安定。恋愛も、出会ってもピンとこず付き合っても続かない。何も獲得できていない、安定とか安心とかそういう類のものを。そのことに焦りがある。今の私は、理想と現実の間でたくさんの矛盾を抱えている。理想をいうと、もっと自由に自分の表現がしたい、生と思考を形にしたい、今の仕事で結果を出したいし、信じてくれる人たちの期待を上回りたい、モードな服を着こなしたいし、スパイシーな感じのメンズ香水も似合う感じになりたい、そういう選択をして、社会的な「何か」に抗いたいのだ。でも私は今日、甘やかで女性性の強い、このフルーティなリキュールの香りに後ろ髪を引かれたのだった。完全なる矛盾である!あるいは本能を呼び覚ますような香りの力だろうか。分からないけどもう矛盾万歳でいこうと思う。私がどういう歳の重ね方をするのかはまだ見えない、まだ期待も夢想もしたい。定めなくていい。この香りが好きでたまらない日もあるだろうし、手放したいほど嫌悪する日もあるだろう。それでいいのだ!26歳の毎日も、自分に正直に生きていきます。


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