物心のつかない頃に母親を亡くしていて、お父さんと二人という環境で育った。 お父さんはいわゆる仕事人間だ。 大手の不動産管理会社に勤めていて、私が物心ついた頃には、もう部長だかに昇進していた。 比較的家で仕事をすることが多かったが、朝から夜遅くまで働いていて、休みの日もマンション管理組合の理事会などの対応とかで、私との時間はあまり取れなかった。 けれど、女を頻繁に連れてきたり、その女に私がいじめられたり、そんなB級映画のようなワンシーンは全くなかったし、逆に本当に優しい父親で、
比較的小さい海水浴場ではあるが、水平線そのままのホリゾンブルー、波打ち際はとても透き通った綺麗な海。 波打ち際から10mほどのところに、直径10mほどの弁天島と言われる岩礁があり、その波間に浮かぶ岩礁に聳える松と鳥居がより一層、この海水浴場に日本らしさを醸し出している。 そこから徒歩30秒、和ではあるが大変雰囲気の良い一戸建てを買った。 海水浴場とはいえ、周りに商店街やコンビニもなく、静かな場所で、ちょうど自らが経営していた会社を売り払った私にとって、のんびりと余生を過ごす
だいぶ普及してきた。 「ヒューマウォレット」私が開発した人型の財布だ。 見た目はほぼ人間と変わらない。 動きも滑らかで、人間か財布か判別するのは難しい。 口から札を入れる。左目から小銭を入れる。 現金の容量は長財布のだいたい倍くらいだ。 満杯になってくると、苦しそうにする。 持ち主認証が出来ているので、買い物に出かければ自動でついてくる。 スマホと連動しているので、銀行のキャッシュカードや、クレジットカードも機能として備わっている。 財布のように、落としたり、スリに遭った
手記 なぜここに来てしまったのだろう。 好奇心であった。 異国での体験は自分の糧となり、日本での再就職にも有利に働くだろう。 少し言語が達者だからと、現地法人に就職した。 二十台中盤の女が異国の地でおいかけた夢は、ものの半年で霧散した。 雑然とした街並み、北時雨、灰色の空、ほとんどの人がくすんだ濃い色の衣服を着ている。肉まんに吸い殻が混入。1日数百も作るのだから、1個くらいは入るものだと開き直る店主。会社の社宅なので、管理人がいて安心かと思いきや、昨日私が捨てたはずのセー
少しの遊び心。愛するあなたを想って本作品を創作しました。 「供の者」 私の支えている主人は私の年齢よりも三まわりはゆうに超えているでありましょう、年齢の割には美しさをしっかり保ち、艶のあるウェーブがかった黒髪をなびかせるいわゆるご婦人で、パートナーも子供もいないものだから、仕事で稼いだお金で悠々自適に過ごす、いわゆる成功者と言われる人間でありました。 私は住み込みで働かせていただいており、部屋はリビングに面した場所に、あまり言いたくはないが大変狭い部屋(装飾など何もない
ハイヒールのかかとから血が滴っている。 靴の中の噛み傷が、気持ちの悪い痛みを与え、だが一方仕事の達成感をも感じさせていた。 青時雨の横浜、傘など不要だ。すべて満たされているのだから。 スカートのポケットには、男からくすねたSPIRITが、排水溝の吸い殻のように霧散している。 ちかちかと点滅する電柱の蛍光灯が濡れた長い金髪を照らし、B級アーティストのライブのように、満足げな金曜日を突き動かしている。 雨上がりの清々しい朝。 むくりと上半身だけ起きてしばらくは現実との境に心地よ
第一章 ありきたりな景色 即答 「いいよ」 私の目をまっすぐに見つめるその青年は、心底愛しているという表情で優しく答えた。そのあどけなさの残る年齢相応の瞳には、けれども奥ゆかしさはなく、またいやしさもない。いや、奥ゆかしさやいやしさがないのではなく、まだそれを得ていないのだ。「若い」という言葉で事足りるかも知れないが、国語もろくに勉強してこなかった小娘にとって「若い」という言葉は何の意味もなさない。そんな露とも知識を持たない高校を卒業して3年ばかりが過ぎ、学校にも通わず