空想お散歩紀行 純粋な魔法
二人の旅人が程よく手入れがされた街道を歩いていると、遠くの山の上に何やら赤い色が見えた。
山の木々の深い緑の色の中では、それは小さくともはっきりと目で捉えることができる。
だがどうやら、それは旅人が今いる所よりもずっと遠くのようだ。
「あれって何ですかね?」
旅人の一人が何気なしに尋ねた。
「何だ知らねえのか?あれはキルワイズの館だよ」
「何でしたっけそれ?どこかで聞いたような」
「あれだよ。世界最強の魔法使いが住んでる館だ」
「へえ、あれが」
改めて旅人は、遠くに見える館の赤い屋根を見つめた。二人とも魔導の道を歩む者として、その名には思うところがあった。
「あの話って本当なんですかね?キルワイズって生まれてから一度もあの館を出たことがないっていう」
「本当みたいだな。何せ俺たちが使う魔法とは何もかもが違うらしい」
「それって、例の無言語魔法のことですか?」
無言語魔法。本来そんなものは存在していない。しかしキルワイズの最強たる所以を説明するためにしかたなく作られた言葉だ。
「でも本当に言葉なしで魔法が使えるんですか?」
魔法とは自然の中のある力を言葉による詠唱で具現化させ、コントールする方法である。
火の無い所から火を出すには、それに対応した言葉を。水の流れを変えたり、風の強さを変えたりするにはそれに対応した言葉を紡ぐ必要がある。
「何で魔法を使う際に詠唱が必要かと言えば、コントロールするためだが、そのために本来自然の中にある力を著しく弱体化もさせてる。まあそうしないと使えないわけだが」
「言葉による制限ってやつですね」
「そうだ。火に近づけば熱いが、その熱さってやつはあいまいだ。人によって熱さの感じ方は違うし、同じ人間でも、その時の気分や体調でさらに感じ方は変わってくる。一言で熱いといっても、そこには大きなブレがあるわけだな」
「そのブレが、魔法の力を弱体化させてるんですよね」
それは魔法を使う者にとって基礎中の基礎。古今東西変わることの無い法則だった。
「だけど、やつは違う。言葉無しでも魔法を使える、と」
「そうみたいだが、話によると言葉無しで魔法を使えるんじゃねえ、そもそも言葉を知らないそうだ」
「え?」
一瞬どういうことか分からずに素っ頓狂な声を上げてしまったが、そのまま話は続いた。
「生まれてからずっと、あの屋敷の中で生きて、その間言葉を教えられていないらしい。
だから、キルワイズにとっては自然の中で起きることを言葉で説明できない。火も水も風も、それが持つイメージをそのまま魔法として行使するんだ。それはつまり純粋な魔力そのものの力だ」
「そんなのムチャクチャじゃないですか」
「そうだよ。だから世界最強なんだ。噂で聞いただけだけどな、少し前にキルワイズのあの館にケンカを吹っ掛けにいった300人の魔法使いの軍団がいたんだとよ」
流れからして、その先の展開は何となく予想できたが、黙って相方の話を聞くことにした。
「まだ館のずっと手前の所で、全員粉微塵になって吹っ飛んだんだとよ。もしかしたら俺たちのこの会話もやつに聞かれてるかもな」
「冗談はよしてくださいよ。聞かれても、言葉分かんないんでしょ?」
「お前の声が気に障る音だと思われたら、どうなるかな?」
「どっちの声が気に障るかなんて分かんないでしょ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そこからしばらくは、二人とも無言で道を進んで行った。
遥か遠くにある赤い屋根は変わらずただそこにある。
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