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空想お散歩紀行 人が求めているものとは

今日の晩御飯は?
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就職するべき会社は?
投資する銘柄は?
人間は生きる以上、常に選択に迷い、一度は決断したとしても、選ばなかった方を選んでいたらどうなっていたのだろうと答えの出ない妄想に囚われ続けることが珍しくない。
しかし、それも今は昔の話。
全ての迷いに道標を。
それをキャッチコピーに、一つの対話式AIが開発され、迷いや悩みが出てきたら真っ先にそれに相談をするようになっていた。
多くの人が利用する、莫大な金が動く、AIがより優秀に改良されていく、さらに多くの人が使うようになる。
この流れに乗って、今やそのAIは生活の一部どころか、人生の一部になっていた。
しかし、流れというものは常に穏やかとは限らない。
「大変です!メインコアブロックがやられています!」
システム管理の職員の声、それは技術を全く知らない人間でも、非常にまずい事態が起こったのだと理解させるのに十分なほど悲痛なものだった。
「今は、緊急回避システムで一時的に持ちこたえていますが時間の問題です」
人間が突然病気が発症して倒れることがあるように、機械もまた同じことが起こりうる。
しかし今回のそれはレベルが違った。
今や世界中で利用されている対話型AIシステム『導き』がダウンしてしまったのだ。
「復旧できるのかね?」
「無理です。コアがやられています。完全復旧しようと思ったら1年以上は・・・」
「なんてことだ。それでは意味がない」
『導き』の喪失。それは世界から突然全ての道路が無くなってしまうのと同じと言っても過言ではないくらい、人間と一体化しているものだった。
「何とか、完全に元通りでなくていい。世界を混乱させないだけの応急処置はないのか!?」
「・・・一つあります。過去のバージョンの『導き』を今のシステムに繋げるんです」
「よし!それでいい!今すぐやってくれ」
「し、しかし、もう5世代は昔のバージョンですよ!?対話システムも、計算性能もがた落ちしてしまいます」
「このまま何もしなければ5世代前どころか、『導き』が無い時代まで遡ってしまうぞ!そうなったら世界中でパニックが起きる!」
すぐに彼らの意見は一致した。例え世界中にひびが入ろうとも、崩壊するよりマシだ。何とか世界が持ちこたえてくれている間に、システムの完全復旧をしなくてはならないと。
そして、再び世界は動き出した。人々の無用な混乱を避けるために、旧世代のバージョンに差し替えられたことは伏せられ、あくまで普通にシステムは問題無く動いているということが知らされた。
そして数ヵ月。システムの管理者、技術者たちは予想外の事態に直面することになる。
何も変わっていなかったのだ。
明らかにシステムの性能は落ちている。人々の悩みに対する回答の質は今までのものより正確ではなくなっている。もっと的確な道があるはずなのに、そうではない道を示している状態であると、各種非公開のデータは物語っている。
「どういうことだと思うかね?」
「非常に言いにくいことですが、多くの人にとって重要なのは、自分の悩みや迷いに答えを示してもらうことそのものであって、別に答えの中身までは気にしていないということなのではないかと・・・」
非常に歯切れの悪い喋りだった。それも当然で、これまで技術者や研究者たちが少しでも性能を上げようと粉骨砕身してきたことが、実は無意味だったのではないかと問われているからだ。
「大切なのは高級店で食事をすることであって、その店で出される料理が例えレトルトであったとしても人はそれに気付かないということか・・・」
何か体から力が抜けるような感じがしたが、それでも彼らは最良のAIの求めて今日も研究を続けている。

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https://note.com/tale_laboratory/m/mc460187eedb5

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