空想お散歩紀行 味を追い求めるのは無限の道
どんな時代になっても案外人は変わらない。
その最たるものが食に対する渇望だ。
「おまたせしました」
レストランの一つのテーブルに料理が運ばれてくる。
周りには、親子連れや恋人同士がそれぞれの時間を過ごしていた。
だがその男だけは違った。テーブルについているのは彼一人。
彼は純粋に食事を楽しむためにここに来ていた。
会話も景色も彼にとっては食事を邪魔するノイズでしかない。ただ一人、料理の香りと味に全神経を集中するのだ。その時に頭の中に広がる数々の思考。それこそ彼が自分が生きていると感じる瞬間だった。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
テーブルの上に並んだいくつもの皿。一人で食べるには随分多いが、彼にとってはこれが普通である。
「ああ、ありがとう」
短く礼を言うが、彼の視線はウェイターではなく、既に料理に向いている。
「さて、どれから頂こうかな」
彼はただ食べることをよしとしていない。どの順番で何を食べるか、彼の頭の中では映画の脚本を書くように、流れというものを大切にしている。
「じゃあ、まずはこれから」
最初に彼が手にした皿、それを取るとカツンと硬い物がぶつかる音がした。
それは料理と皿が触れあう音だった。
その料理はゴツゴツとした見た目をしており、硬そうに見えた。いや、実際硬いのだ。
なぜならその料理は、花崗岩のテリーヌだからだ。
およそ100年前、この星で異常事態が起こった。
それは、動物たちの遺伝障害である。これにより人間以外の動物たちが子孫を残すことが難しくなり、急激に数を減らしていった。
それは陸海空問わず、全ての動物に絶滅の危機が訪れた。
当然、牛や豚などの家畜も例にもれず、人間たちにとっては深刻な食糧危機だった。
そこで取られた方法が、動物以外の食の幅を拡大すること。
稲や麦などの穀物、野菜や果物などのそれまで食べられていた植物に加え、単なる木や草、石などの自然物もそのまま食べられるように人間を一部機械化することで人間世界を支えることにしたのだ。
「うん、うまい」
男は、石の塊をためらいなく頬張る。ガリゴリと小気味よい音が口から漏れてきた。
それを飲み込むと、早くも次の皿へと目が移る。
「次はこれかな」
彼が自分の前に持ってきた皿は、杉、檜、松の生皮や枝がふんだんに乗った林のサラダだった。
最初、この人間の一部を機械化して食の種類を増やす方法は、単純に栄養補給が目的だった。
しかし、人の欲はすぐに味の追及に向けて走り出し、機械のアップグレードをする技術者と食の道を開拓する料理人が手を組んだ。
そして今では、数多くの料理が開発されている。
彼の食事は止まることなく進む。その全てが石や木、土などだ。今や、豚や牛など、かつての人間が口にしていた動物の肉などは一部の人間だけが食べることのできる超高級食材になってしまった。
しかし多くの人間は特に困っていない。他にも食べるものはいくらでもあるのだから。
しかし、それでも新たな問題が人間たちの前に立ちふさがっている。
今度は石や木などの自然食料の減少だ。
昔と今では地図を一目見て分かるほど、地形が変わってしまっている。
かつて森林だったところは、木は食べるために姿を消し、根っこすら残っていない。
だが、人間たちはあまりそのことを深刻に考えていなかった。
森が無くなり、そこが砂漠になっても、今度は砂を新たな食材として料理するだろうから。
「さて、まだ少し入るかな」
空になった皿たちを見ながら、改めてメニューを手に取る。
彼はその後、人工ルビーと人工サファイアのシャーベットをデザートとして平らげた。
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