空想お散歩紀行 神々の炎上
畳の部屋にいつもは置かれない長机と座布団がいくつも置かれている。
座布団の大きさは全部同じだが、その上に座っている体は様々だ。
座布団から体がほとんどはみ出てしまっている者もいれば、座布団の真ん中にちょこんと座っている者もいる。
だが、ここではそれは珍しいことでも何でもない。
何せここにいるのは人間ではなく、神たちだからだ。
高天ヶ原、八百万の神々が暮らす世界。
そこに最近作られたのが、この「研修センター」である。
何を学ぶのかと言えば、現代の地上についてが主な研修内容だ。
なぜ神々がそんなことを学ぶのかと言うと、抜き差しならない理由があった。
「はい、では研修を始めようと思います」
部屋の隅で教鞭を持つのは鏡の神。彼は部屋に運び込まれた大きな黒板をぺちぺちと教鞭で叩く。
鏡の神はこの国の全ての鏡と繋がり、地上の様子を常に観察している。つまり今地上で何が起こっているのかを全て見ているのだ。
「本日の研修は、現代の人間たちの価値観についてです」
神様たちは皆、真面目に前を向いていた。
彼らには真剣になる理由があった。
神々は人間よりも大きな力を持っているが、その力は人間の信仰心から得られている。
だが、年月が、時代が進むに連れて人々が神に持つ畏敬の念は徐々に薄れていった。
このまま神は緩やかに滅んで行くのかと思われていたが、近年一つの事実が判明する。
それは信仰とは、観測であるということだ。
神は人間から観測されることで、力を得る。
古来より人間は神社や神話ゆかりの土地に行ったり、大きな滝や日の出などの自然を見たりすることでそこに神を見出していた。
それは人間がそこに神を観測していたと言える。
つまり重要なのは、人間がそこに神がいると認識すること。
もっと分かりやすく言うと、目立てばいいのだ。
「我々は神は古来よりこの土地に住み着いています。だからついつい過去の物差しで人間たちを見てしまいますが、それではいけません」
鏡の神は淡々と講義を進める。こくりこくりと船を漕ぎ始める神もいたが、すぐに隣の神がつついていた。
「当然の話ですが、人間たちは私たちより遥かに寿命が短い。そのため地上の価値観というものは変化が激しく、我々にとってはこうして話している間にも二転も三転も常識が変わっています」
古来、神はただそこに在り、人間たちが神に合わせていた。だが時代はそうも言っていられなくなった。
「なので、『これ』の扱いには特に気を付ける必要があります」
鏡の神が懐から取り出したのは、手のひらに収まる程度の板状の物体。それは地上では誰でも知っている物、その名はスマホ。
目立つことで力を得ることができると分かった神々は、信仰心を得る目的でスマホをそれぞれ手にして、写真や動画をネットにアップすることを始めた。
今では、直接地上に降りて、街を歩くことすらしている。
それにより、神々はかつての力を取り戻しつつあった。しかしそれは本来の信仰の道とは違う新しい試み。そこにはひずみもあった。
「ええ、最近。私たち神々の間で炎上する者が増えています。これはひとえに現代の地上の価値観を理解していないからこそ起こるものです。私たちが当たり前だと思っている言動は必ずしも今の地上の人間に通じるわけではありません」
神々たちは基本悪意というものはない。それぞれの神には司っているものがあり、それは言うなればそれぞれの世界を持っているということである。
だが、それが時に誤解を生み、炎上という形で表に出ることがある。
「炎上は我々が一番避けなければいけないことです。観測されることによって力を得るということは、観測されることによって力を失うことでもあるのです」
観測されること、つまり目立つことで力を得ると言っても、それは人間たちからの信頼、信仰が底にあるのが前提である。
逆に、信頼を失い、信仰を失うことで力は無くなってしまう。だからこそ、炎上という現代の地上特有の現象は神々にとって諸刃の刃となっていた。
「本日は、炎上しないためにはどうすればいいか。その上でバズるにはどうすればいいかを学んでいきたいと思います。何をしてはいけないか、何をするべきか、私がこれまで地上を見て得てきたことをお話したいと思います」
現在、神々の国で最も求められていること、それはネットリテラシーだったりするのだ。
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