空想お散歩紀行 私が一番欲しいもの
私は富豪・・・らしい。
なぜなら、私の家はいわゆる大豪邸だからだ。
家の中を一通り歩くだけで、ウォーキングの
運動になってしまうくらいだからだ。
そして、そんな私の家には様々な物がある。
最新の家電から、古い美術品、大きな車から小さな宝石まで、私の家に無い物は無いと言っても過言ではないかもしれない。それぞれに専用の部屋があるくらいだ。
そう、私は大富豪・・・なのは確からしい。
なぜここまで自信がないのか。
それは、私が何者なのか自分でも分からないからだ。
私がどんな仕事をし、どんな金の稼ぎ方をしているのか私は知らない。
私は記憶喪失なのだ。自分が何者なのか忘れてしまった。さらにやっかいなことは、私は二重で記憶を失うことだ。
この屋敷の外でのことを私は覚えておくことができない。
一歩でも外に出ると、そこで時間と記憶が飛び、気が付くとまたこの屋敷の中にいる。
外で自分が何をやっているのか全く知ることができない。
さらに、私は仕事を家に持ち込まない主義なのか、仕事に関する情報はこの家の中にはないし、私はどうやら独り身なので、自分のことについて尋ねる相手もいない。
さらにさらに、電話などの通信手段もない。
どうやら私はかなり偏屈な男のようだ。
この家はまさに、世間から隔絶された孤島のような場所なわけだ。
なぜそのような家に住んでいるのか、それもまた仕事と関係しているのかもしれない。
あまりにも過酷な仕事だから、プライベートは完全に俗世から離れたかったのかもしれない。しかしそれが今は、自分のことについて全く知れない状況を生み出している。
たった一人で、物だけは山のようにあるこの屋敷で、どのような人生を送ってきたのか。
今日もまた、私は何か変化があるのではないかと思い、外に出て、そして気付くと家の中にいる。
今回は、車が一台増えていた。前回は映画のDVDが大量に置かれていた。
一体自分は何なのか。もしこの屋敷にある物全てと引き換えに、それを思い出せるのなら喜んで差し出そう。
本当の自分が分からないのであれば、どれだけ物があっても虚しいものだ。
私は今欲しいものは、私自身以外に何もない。
だが、明日もまたこの屋敷に物が増えていくのだろう。
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