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空想お散歩紀行 古代から目覚めようとする男

遥か遠くの昔。想像することすら難しい過去の時代から思いもかけない贈り物が届けられた。
「5年前に、東アジアで新たに発見されたおよそ1万年前のものとされる地層。その中の岩塩層になんと、当時の人類が完全な形で保存されていました」
解説を進めるアナウンサーの声にも自然と熱が入る。それも致し方の無いことだった。
「当初それは完璧な標本なようなものと思われていましたが、その後の調査で、太古の人は仮死状態であることが判明しました」
当時何があったのかは、何百人という学者や専門家が様々な説を上げたが、真実は一つだった。1万年前の人間が命そのままに腐ることなく現代まで眠り続けていたことだ。
「これは世界全体で取り組むプロジェクトとして、慎重に慎重を重ね、この古代人の蘇生を試みてきました」
世界中が見守る中で、岩塩層ごと古代人を掘り起こし、最新の医療技術で少しずつ、それこそ極細のガラス細工を扱うように丁重に扱ってきた。
そして5年。今、古代人の男はいくつもの医療器具に囲まれたベッドに横になっている。
さらに医療器具の周りには何台ものカメラも設置されていた。
そのカメラの映像が今、世界中に生配信されているのだ。
「現在、彼はただ眠っているような状態のようです。生物学者や医師たち、世界トップクラスの人々の話によると、これから投与する薬をもって、彼は眠りから目覚めるのだそうです」
約1万年前の人間が目覚める。その世紀の瞬間を見ようと、世界中の人々が今、それぞれの目の前の画面に釘付けになっていた。
「1万年前と言いますと、世界中の歴史の教科書に載っている、かの『メビウスの災厄』があった頃。彼はその前の人類と思われます」
実況をしているアナウンサーは改めて古代人の男を見る。アナウンサーにとってそれは人類とは分かっていても、中々信じられないものであった。
「かの災厄から変異し進化を遂げた今の我々人類と違って、改めてご覧ください、この古代の男性は、脳が入っていると思われる頭部が一つ、手足が二本ずつ、それぞれに指が五本と、我々とは全く違う体をしています」
アナウンサーだけではない、世界中の人々がそれをかつての人類というより、まるで宇宙からやってきたエイリアンのように見ていた。
「あ!ご覧ください!薬を投与されておよそ5分。今彼の目が開こうとしています。彼にとってはおよそ1万年のタイムスリップのようなものでしょうか。果たして彼は目覚めて最初にどんな言葉を発するのでしょうか!」

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https://note.com/tale_laboratory/m/mc460187eedb5

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