空想お散歩紀行 夏にとどめを
蝉の鳴き声は相変わらず耳を貫いてくる。
今日も余裕で30℃を超す気温の中、それでも日陰に入ると多少は涼しさを感じることができた。
そんな小さな清涼地を奪い合うように二人の男女が座り込んでいた。
男の方はこの暑さにもかかわらず黒のスーツとサングラスで身を固めていた。
女の方は、男よりも大分小柄で、こちらは逆に白のワンピースで肩や腕を露出し幾分かは涼しそうだ。
見た目はかなり対照的な二人だが、二人とも手にはアイスを持っていた。
「見つかんないっすね、先輩」
「いや、ある意味ずっと見つけてるがな」
二人の目の前には小さな公園がある。そこの噴水の周りには小さな子供たちが、無邪気に水遊びをしていた。
「いい気なもんすね、お子様は。もうすぐ世界がどうなるか分からないってのに」
二人は殺し屋のバディだった。見た目だけでは分からないが、男の方は服の中に二丁の銃を持っているし、女の方もその細身の体にはナイフを隠し持っていた。
二人は殺し屋だが、彼らが殺すのは人ではない。
彼らは命の無いものを殺すことが仕事だ。
それは「概念」と呼ばれるもの。
この世界に確実に存在し、人々はそれを認識している。だが、そのものの形を知っているものはいない。そういうものを彼らは殺すのだ。
「なんで、今回こんなことになったんすか?」
「さあな、そこはよく知らんし、知る必要もない。俺たちの仕事はあと一週間でやつを見つけて殺すことだ」
あと一週間。期限は8月31日。
彼らの今回のターゲット、その概念は「夏」と呼ばれているものだ。
概念にも命のようなものはある。それは決まった時に生まれて、決まった時に死ぬようにできている。
今回の「夏」で言えば、だいたい6月中旬ごろに生まれて、8月の終わりには死ぬ。
だが、概念観測機関の調査によれば、今年は8月の終わりで「夏」が死ぬ気配が無いようなのだ。
こんなことは前代未聞だった。このまま「夏」が生き延びたまま9月に入ってしまえば、次の季節との概念衝突で何が世界にもたらされるか分からない。大したことは起こらないかもしれない、世界がめちゃくちゃになることが起こるかもしれない。
それを防ぐために依頼を受けたのがこの二人だった。
「目の前は夏真っ盛りなのに、その本体がどこにいるのか」
「油断するなよ。目の前で遊んでるガキがその可能性もある。概念が人の形を借りてるなんて珍しい話じゃないからな」
「・・・まずは先輩がそのスーツを脱ぐところから始めるべきじゃないっすか?見てるだけで暑苦しいっす」
「・・・お前は気が抜けすぎなんだよ。俺たちは殺し屋だってことを忘れるな」
「黒スーツでグラサンのおっさんがアイス持ってる姿で説教しても笑えるだけっすよ」
「・・・・・」
蝉の声も太陽の日差しも、それを反射する噴水の水しぶきも相変わらず、全てが夏を象徴しているようだった。
まだまだ夏は終わりそうにもない。
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