空想お散歩紀行 渋谷区はハロウィーンイベントの会場ではありません
10月の終わりと言えば、ハロウィーンだ。
その日は一日一日と近づいている。
それに比例するようにテンションが下がっていく一人の女がいた。
笹川玲奈26歳。彼女が務めるのは渋谷区役所。
その中の少しばかり特殊な仕事場。そこは一般の都民はまず知ることは無い。
ひっそりと区役所の地下に設けられたその部屋の入口に掛かっているプレートに書かれている文字は、『異界通行安全課』
異界。文字通り、この世界とは異なる世界のこと。
そしてその異界の人々はゲートと呼ばれる門をくぐってこちらの世界にやってくる。その異界人たちの通行管理をするのが安全課の仕事。なぜ渋谷区がそんなことをするのかと言えば、ゲートは通常、渋谷区役所の建物内に設置されているのだが、時折自然発生するゲートが現れることがある。その自然発生ゲートはどういうわけか渋谷区内にしか出てこないため、異界通行安全課が渋谷区役所に作られることになった。
「今月に入って、無許可のゲートがもう7件。月末にはどれくらいになるのやら」
玲奈が誰に言うでもなく愚痴をこぼす。とにかく吐き出したかったのだ。
「まあまあ、玲奈ちゃんはうちのエースだからね~」
上司の中年職員がなだめるように玲奈の愚痴を拾う。
「じゃあ、中岡さんも現場出て下さいよ」
「いやあ、僕はいろいろと事務処理で手一杯でね。それにもう昔のようにはできないさ」
異界通行安全課の仕事は、異界からやってくる人々に出界、入界の書類を書かせたり、種々の注意事項等を説明するだけではない。
自然発生、もしくは故意に認定区画外に発生してしまったゲートを閉じる、場合によっては、違法にこちらの世界に入ってきた異界人を拘束することも含まれる。
異界は当然、こちらの世界とは法律も常識も異なる。拘束時には時に、ちょっとした戦闘になることも珍しくない。だからそっち方面の能力も異界通行安全課には求められる。
玲奈は戦闘、拘束能力においてこの課のエースなのだ。
「でも中岡さんて、昔集団で押し寄せてきた異界人集団100人を一人でのしたって聞きましたけど」
「ははは、それは大げさだよ。まあ僕も若かったし、昔は今と比べて仕事道具も便利じゃなかったからね」
そんなどこにでもありそうな、年上と若者の会話が流れているところに突如、警報が室内に鳴り響いた。
『A-3区域に空間の歪みを検知。180後にゲート発生の可能性。担当職員は―――』
その機械音声を耳にした玲奈はただただげんなりとした顔を隠すことなく表に出した。
「うっそでしょ。こんな午前中から」
「さあ、行くよみんな。3班6班はアルファ装備で現場に。2班は周辺区域の監視。一般人への認識改変措置も忘れずに」
慌ただしく課内が動き出す。今月に入ってから出動が頻繁になっている。その理由は一つ、今月末にハロウィンがあるからだ。
こういうイベント事があると、異界からの旅行客が増える。それだけならよいのだが、違法にこちらに来る輩も増えるからやっかいなのだ。
特にハロウィンはその中でも特別だ。本来ならこちらの世界にくる異界人にはこちらの人間の姿をしてもらうことが前提になっているが、ハロウィンでは、吸血鬼や狼男などの異界人がそのままの姿で街に繰り出そうとする。
ただでさえ仕事が増えるというのに、やっかいなトラブルまで引っさげて来られたとあっては玲奈のストレスも天井知らずというものだ。
しかも相手は何か悪さをしようとかそういうことよりも、軽いパーティ気分でやってることも彼女の神経を逆なでている。
「侵略とかならまだこっちも正義の心とやらで立ち向かえるってのに、単なるお祭り感覚でこっちの手を焼かせるなっての・・・」
彼女はこの時期、違法にやって来る異界人に決まって第一声で叫ぶ言葉がある。
「渋谷区はハロウィーンイベントの会場ではありません!!」
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