空想お散歩紀行 イノセント・ガン
出掛ける時に忘れてはいけない物。
携帯電話。財布。免許などの身分証明。
そして、銃。
カイザワは50近くになった中年だ。彼は自分の銃の中に2発の弾丸が残っていることを何気に誇りに思っている。
この国では、成人を迎えた男女に銃が支給される。
弾は2発入っており、とあるルールが定められている。
成人を迎えた人間は、同じ成人に限り、2回までこの銃による殺人が認められているというものだ。
銃は特殊な技術で作られており、ターゲットを定めれば100発100中、必ず命中し相手の命を奪う。
この社会で殺人が発覚したら、警察はまず、イノセント・ガンによるものか、それ以外の殺人かを鑑定する。
当然、イノセント・ガンによる殺人だった場合は捜査はすぐに終了するが、イノセント・ガンは国民一人一人の情報と同期しているため、誰が引き金を引いたか、遺体から摘出した弾から判定することができる。
だが、その情報を警察が公表することは無い。それをしてしまうと、復讐の連鎖が簡単に発生してしまうからだ。
もし、殺された人間の復讐をしたい場合は個人で相手を探し出して、手を下すしかない。
もちろん、その復讐にイノセント・ガンが使われた場合はそれも無罪である。
この、いざという時は殺す手段と、殺される可能性がある世界は程よく抑止が働き上手く回っていた。
政治家や経営者など、人の上に立つ者は、下手なことをすれば殺される確率が一般人よりも高いので、真剣に政策や経営を考えなければならない。
一般人も互いに気遣い、なるべく敵を作らないようにする生き方が普通になっていた。
だが、案外この人生に2回ある権利を行使する人間は多いらしく、弾を消費している者は珍しくない。
カイザワの銃の弾は2発残っている。つまり人生で一度も誰も殺したことがない。それどころか、銃を使ってしまおうかと思ったことすらなかった。
彼は警察の犯罪捜査課に所属しているベテラン刑事である。当然彼のような職業でもイノセント・ガンの使用は認められている。
しかし、彼はこれまでの人生で一度も使わなかったし、これからの生涯でも、その引き金に指を掛けることはないと確信していた。
だが、その確信はいとも簡単に崩れ去った。
彼の妻が殺されたのだ。30年近く共に過ごした最愛の人があっさりと。
使われたのはイノセント・ガンだった。なのでこれは無罪となるのだが、カイザワは納得できなかった。
妻が殺されなければならない理由など一つも思い当たらなかった。誰かから恨みを買うような人物ではなかった。
だとすれば、単なる愉快犯だろうか。
正直、カイザワにはそのあたりはどうでもよかった。彼の心にそこまで考える余裕は無くなってしまったからだ。
同僚は皆、妻の死を悲しんでくれた。誰もが誰かを殺す権利がある世界である以上、こういうことが起こりうることは彼も分かっていた。それでも頭と心はまるで別の生き物のようになっていることに彼は苦しみを覚えた。
しかし、妻を殺した者を追うことは難しい。イノセント・ガンの情報は非公開だ。
非公開。その言葉は彼の中の悪魔の目を覚まさせた。
非公開なのは一般人に対してである。警察の犯罪捜査課にはイノセント・ガンの使用情報が保管されている。
もちろん、それを私的な理由で見ることは禁じられている。
だが、彼は気付いた時には情報保管室の中にいた。
表向きは過去の事件の再確認のため。しかし彼の手はつい昨日の事件ファイルを開いた。
そこに記されている名前。憎き敵の名前。
アマチ・キヨシロウ。
その名は一瞬にして彼の脳に焼きついた。
そして保管室を出た時の彼の目は、入る前のそれとは明らかに変わっていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?