空想お散歩紀行 探偵VS怪盗 密室魔法勝負
「さて、私がついていけるのはここまでだ」
恰幅のいいヒゲの中年男性が隣に立つ男に声をかけた。
ヒゲの中年男性はこの地域を管轄とする警察署の所長である。彼は身長180センチの大男だが、そんな彼も隣に立つ男の目を見るためには少し見上げなければならない。
その男は、鹿撃ち帽とコートで身を包み、手にはパイプを持って煙をくゆらせている。
まるで小説の中に出てくる探偵のような出で立ちだが、そのものずばり男は探偵であった。
「ここが現場かね、チャールズ」
探偵の男は、所長を気軽に呼ぶ。どう見ても所長の方が年上であるにもかかわらずだ。
「そうだ」
所長の方も、探偵がどのような人物か知っているので特に気にすることもなく話を続けた。
彼らの目の前にあるのは一つの古城だった。
それほど大きなものではない。元々の持ち主であった王族がそれほど力の強い一族ではなかったため、その実力がそのまま城の規模へと反映されたかのようだった。
「ただ、その王族が強くなかったのは、あくまで政治力であって、他のところが少々変わっていた」
「ああ、その通りだホルメス」
ホルメスと呼ばれた探偵の男は、城から目を離すことなく、自分自身の説明するかのように話した。
「この王族は、古代から魔法の力を受け継いだ一族だった。不思議な力をいくつも行使することができたという。それを上手く使えば、天下を取ることもできたかもしれないのに。そこまでの欲はなかったのかな?」
「ホルメス、悪いが今日は歴史の授業を頼んだわけじゃない。お前さんにやってもらいたいことは・・・」
「分かっているよ、チャールズ。例の怪盗のことだろう」
二人が言う怪盗とは、アルセンと名乗っている男のことだ。
彼には彼なりの美学があるらしく、盗む物を決めた際には必ず警察に予告状を出す。
「そして今回狙われたのが、この城にあるとされる財宝」
「そうだ。どういう物かはこの城に住んでいた一族しか知らない。だが、もうこの城はずっと前から誰も住んでいない古城だ。だれもここに財宝があるなんて想像すらしなかったわけだ」
「しかし、アルセンほどの男が予告状まで出すということは、ここには財宝があったわけだ」
「予告状に書かれていた日時は、3日前のこの時間。我々は当然、やつを捕まえるべく網を張った」
「が、奮闘むなしくやつに侵入を許し、財宝は盗まれた」
「・・・そうだ」
「そしてやつは今・・・ここにいる」
ホルメスと所長の二人が見つめる先にあるのは、古城ただ一つだ。つまり、怪盗アルセンは一週間前にこの城の財宝を盗み出した後、まだこの城の中にいるということになる。
「この城の魔法とやらが発動したとみていいだろうね」
「そのようだな。私の部下も10人が当日城の中を警備していたが、まだ外に出てきていない」
「おそらく、財宝を取ると発動する類の魔法のようだ。種類としては城の迷宮化と牢獄化といったところだな」
所長はさすがだなと、自然と声に出していた。
ホルメスは表向きは探偵業をしているが、彼もまた魔術師の血を引く一族の者なのだ。
「これ系の魔法は、盗んだ物を元の場所に戻すか、盗んだ輩が死ぬかすると解けるものだが、解除されていないところを見るとどちらも違うようだ」
「つまり、アルセンはこの城の中をずっと逃げ続けていると」
「そうだろうな。十中八九、城の中の魔法は財宝を取り戻そうとやつに攻撃を仕掛けているだろう。それから3日間も逃げているのならやはり大した男だ」
ホルメスの声はどこか嬉しそうに弾んでいる。
事実、彼は今回の仕事に胸を踊らせていた。
「チャールズ、君の選択は正しい。怪盗には探偵をぶつけるというのは、実に理にかなっている。よく私を呼んでくれた」
「別に、そういうわけではない。魔法に詳しくて、こういう事件に首を突っ込んで解決してくれそうなのが君くらいしかいなかったというだけだ」
「まあ、別にいいさ。さて、では行ってくる。
これ以上はついてくるなよチャールズ。もうすぐそこが魔法の境界線だ」
そう言うとホルメスは、パイプの煙を一息吸い、まるで楽しみにしていたレストランにでも入るくらいの軽い足取りで城の中へと入っていった。
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