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空想お散歩紀行 幸福ウイルス

その日、空から無数の光り輝く粒のようなものが世界中に降り注いだ。それは雪よりも小さく、落ち葉よりもゆっくりと降りてきた。

「やっぱり、継続は無理だったか」
「まあ、しかたないよ」
廊下を歩く二人の男が、残念そうに肩を落としていた。
「まあ、どう見ても無理が出てたからな。むしろこれ以上続けても無駄に損失がでかくなるだけだ」
「でもなあ、今回はまるっきり失敗ってわけでもなかっただろ?もう少し様子見てもいいと思うんだけどなあ」
彼らが話しているのはとあるプロジェクトのことだ。彼らはこのプロジェクトが立ち上がった時から関わっていて思い入れも深かった。だからこそ今回の決定に誰よりも落胆していた。
「で、今あるサンプルたちはどうなるの?やっぱり、処分?」
「そうなるだろうな。まあ、でもひどいようにはしないようだ。ちゃんと『慈悲』ある処分になるそうだよ」
「はあ、それでもへこむよなあ。また一からやり直しかよ」
「ま、これも仕事だ。次はユートピアができるといいな」
二人は互いを慰め合いつつ、廊下を歩いて行く。今夜は飲みに行こうとどちらが言うでもなく自然と決まっていた。
ユートピア計画。天界が理想の地上を作り上げようと長い時間を掛けて行う一大プロジェクト。今回はその56回目であった。
最初から欲のない綺麗な人間だけを作っても、それは極々小規模な理想郷しかできない。時に競争させ、時に憎み合わせ、さらに時々戦争なんかをひとつまみ。
善と悪、飴と鞭を絶妙なバランスで与えることで地上全体をユートピアへと導く。だが、そのバランスはまさに目に見えないほどの細い糸の上を歩くかの如くであり、これまで失敗をしてはその都度「リセット」を繰り返してきた。
今回もそのリセットの決定が下されたわけだ。
リセットのやり方も様々だが、今回は「幸福ウイルス」の散布に決まった。
天から降り注ぐ無数のウイルスは瞬く間に感染、増殖する。
感染した人間たちは幸福感に包まれ、あらゆる行動が幸せと安堵に繋がる。
そしてそれは、罪悪感や後ろめたさの消失でもある。
人を殺し、人に殺されることさえ幸せになる。
幸福ウイルスに感染した世界は、最後に自分たちでその幕を下ろすのだ。
これは天界にとっては、わざわざ手を下す必要のない実にお手軽な処理方法であった。

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https://note.com/tale_laboratory/m/mc460187eedb5

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