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空想お散歩紀行 とある犬の視点の物語

彼は一人道を歩いていた。彼は焦っていた。
急がねばならぬ、故郷に残してきた仲間たちのために。
彼の4本の足は、地面を踏みしめる度に自らの良心を踏みつけているような気分のなった。
彼は見た目こそどこにでもいそうな犬に見えたが、背負っているものは並大抵のものではなかった。
彼の出身は、今彼がいる所より遠く離れたとある山。
そこには人間はおらず、犬たちだけが暮らしていた。
しかしその犬の国には階級制度があった。
王は生まれながらにして王であり、奴隷は生まれながらに奴隷であった。
誰もがその身分の違いを当たり前のものとして受け入れていた。
しかし、彼は奴隷の身分に生まれながらもそれをよしとしなかった。
どんな身分であろうと、優れた者もいれば、そうでない者もいる。王としては優秀ではなかったとしても、別の分野では才能を発揮するかもしれない。
生まれた時の身分で一生が決まるのではなく、もっと犬たちの可能性を見るべきだと彼は考えていた。
しかし彼の身分が奴隷であることには変わらない。そんな彼が他の犬たちに言葉を届け、耳を傾けてもらうには、とんでもない実績が必要だった。
類まれなる名声を手に入れれば、大勢の犬を味方につけ、今の世の中を変えるきっかけを作ることができるかもしれない。
こうして彼は故郷を飛び出した。
だが、どれだけ崇高な意志を持っていようとも、傍から見れば一匹の奴隷が逃げたと思われるだけ。しかも、彼の国では奴隷の逃亡は重罪であった。何もできぬまま国に戻れば、彼は処刑されるだろう。さらには他の同じ奴隷身分の仲間にも罰が下る可能性も高い。
だから彼は何としても自らの名を上げる必要があった。
何をすればいいのか。正直まだ彼には分からなかった。
だが、仏というものがいるのであれば、自らの信念のために決意し旅立ったこの犬を見捨てはしないだろう。
運命は引き寄せられ、そして縁は結ばれる。
それは既に決められていた事柄のように。
だから、彼は出会った。道を歩いていると目の前から一人の人間の男が歩いてくる。刀を差し鎧を着て、勇ましい恰好で堂々と。
同時に、そんな戦いの姿とは似つかわしくない、実に美味しそうな匂いを犬の自慢の鼻は嗅ぎつけた。男の腰の辺りからだ。
気になった彼は、すぐ近くまでやってきた男に、これからどこに行くのか尋ねた。男は答えた。
これから鬼退治に行くところだと。そしてもし家来として同行し、共に戦ってくれるのであればこのきび団子を与えると。
鬼。噂に聞く凶悪な化け物。彼の頭は一瞬にして答えに辿り着いた。
これこそ、求めていた名声そのもの。
こうして彼は男の申し出を受け入れ、きび団子をもらい家来となった。
その後、彼は男とその他の仲間たちと鬼退治を成し遂げ、故郷へと帰った。
そこでもすんなりと目的が叶うことはなく、別の戦いが待っているのだが、それはまた別のお話。

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https://note.com/tale_laboratory/m/mc460187eedb5

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