空想お散歩紀行 思い伝わり、強くなる
今から数年前、とある科学者が一つの発明品を完成させた。
それは、人の思いを伝播させ、周りに影響を与えるという装置だった。
「これを使えば、世界を平和にすることも可能なはずだ」
科学者はそう考えていた。
人々が平和を思えば、その思いは拡散され、
さらに多くの人の心に平和を願う火がつくことになる。
その火はさらに広がり続け、最終的には世界中の人々が平和を愛するようになるはずだ。
しかし、科学者とは理想と同時に現実を見る生物だ。
もし平和よりも、誰かと争い、蹴落とし、勝つことの方を人々が望んでいるのならば、世界は平和とは真逆の、平和の灯どころか、戦いの業火が絶えない場所になってしまうだろう。
普通の人間だったら、このような装置のスイッチは入れないはずだ。
だが、彼は科学者だった。科学者とは自分の生み出したものが、何をもたらすのか知りたい生物でもあるのだ。
彼が見たいのは、平和な世界でも、争いの世界でもない。自分の発明品によって世界がどうなるか、その結果だった。
彼は装置のスイッチを入れた。
そして、それから月日は経つが、世界の人々の様子が変わったという観測はされなかった。
彼はがっかりしたが、失敗もまた科学とは切り離せないものだと、改めて彼は次の研究へと進んで行った。
しかし、一応装置のスイッチは入れたままにしておいた。失敗だと思っていたものが、別の何かを生み出すこともよくある話だからだ。
実を言うと、彼のこの装置は成功していた。
当初の目的通り、装置は人々の思いを世界に広めた。
その思いとは何か?それは「成長したい」という思いである。
誰でも、今の自分より大なり小なり、良い方に変わりたいという願望を持っている。
だからこそ、人はお金を稼ごうとするし、体を鍛えたり、勉強したりする。
ただ今回、この装置が製作者である彼の想定外の働きをした。それは人々の思いを伝えたのが、同じ人間ではなかったことだ。
成長したいという思いは、「夏」という季節に伝わった。
こうして、夏は成長したいという思いを持ち、毎年自分の季節が巡ってくるタイミングに合わせて鍛えることをするようになった。
おかげで、夏は毎年暑くなり続けるようになった。
しかしこのことは、世界中の誰も、装置を作った科学者でさえも気付いていないことである。
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