空想お散歩紀行 いわくつきのご近所さん
「一つ聞いてもいいですか?」
新しい生活のために新居を求めてやってきた不動産屋で、いくつかの物件の資料を見させてもらって気付いたことがあったから聞いていみた。
「なんでこの部屋だけこんなに家賃が安いんですか?」
それはとあるマンションの一室。資料に記載されている家賃よりも、その部屋だけ3万円も安い。
つまり、そういうことなのか。
「この部屋って、いわゆるいわくつき物件てやつですか?」
この部屋で自殺か孤独死か、それとも殺人か、少なくとも人の死に関する何かよくないことが起こったのだろうと思う。
だけど、正直俺はそんなことはどうでも良かった。その部屋で何が起こっていようがそれは過去のことで、幽霊やら何やらを信じる程、信心深くない。むしろ家賃が安いのなら歓迎する気持ちすらある。
「ああ、それはですね」
不動産屋の男が、妙に明るく返事をしてきたことに俺は驚いた。こういうものはもっと小声で、気まずそうに話すものだと思っていたからだ。
「確かに問題はあるんですが、その部屋ではないんです」
どういうことか分からないという顔をしていたことを気付かれたのか、不動産屋はさらに細かく説明を続けた。
「問題があるのは、その家賃が安い部屋ではなくて、その上の階の部屋なんです」
そう言われて初めて気づいた。自分が見ていた部屋の上に当たる部屋。その部屋を中心にして左右と上下の部屋4つの家賃が安くなっていることに。
不動産屋は、問題があるという中心の部屋を指差す。
「実はこのマンションが建っている場所は、霊的にいろいろ『集まりやすい』場所でして、結界やら何やらで締め出すのも限界があるんですよ」
霊とか結界とか、さも当たり前のように飛び出す単語に俺はついていくのが精一杯だった。
「なら、マンション全体に害が及ばないように、いっそのこと一室を『そういう存在たち』に貸し出そうということになりまして」
「え、えーと、つまり・・・」
「はい。その部屋は怪異専用の部屋となっているのです。だからお隣と上下で接する部屋は家賃が安くなっているんですよ」
霊など信じない俺でも、ここまであたかも普通のことのように語られると、霊とかいないと言っている俺の方が非常識みたいに思えてくる。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ええ、それはもう。少なくとも身体的には何かされるとかそういうことはないように、あらかじめ怪異の皆様の方にも契約を結んでいますから。ただ、時折不思議な音とか、妙な寒気がすることが考えられるので、その分家賃が安く設定されているんですよ」
ここまで、システマティックに話されるとかえって怖くなってきた。
だが同時に興味も湧いてきた。
「どうします?内見行きますか?」
「・・・行ってみます」
家賃が安いのは魅力的だし、どういう部屋か一度見てみるのも悪くない。
これが、俺の奇妙なご近所付き合いが始まる第一歩になるわけだが、この時はまだそこまで想像できてはいなかった。
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