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空想お散歩紀行 積み上げること

「これで通算8個目のバッジ取得ですね」
彼の周りには偉業を讃える人が絶えなかった。
とあるパーティ会場。魔術師クランクのお祝いをする場で、本人は群がる人々に対して実に丁寧に接していた。
「魔術とは、決して万能ではありません。だからこそ大切なのは日々の研鑽であり努力です。少しずつ積み上げていったその先にこそ栄光はあるのです」
これまで、魔術界に多くの功績を残してきた者たちはたくさんいる。魔術とはクランクのいう通り何でもできる力ではなく、正しく効果的に使うには、仕組みを理解して緻密に組み上げる必要がある。
彼は魔術界の発展に人生を捧げてきた。その結果が今回の8個目のバッジ授与である。
誰よりも努力してきた彼には自信があった。
「多くの人が私のことを天才と呼びますが、私は決して天才などではありません。それに、天才は・・・つまらないですよ。積み重ねたものがないですから」
言葉の後半に、少し力がこもっていたことを周りの人間たちは気付いていなかった。
彼は天才を否定していた。魔術をまるで子供がおもちゃで遊ぶようにいじくりまわす、そうしたらおもちゃが壊れて、でもそこから思いがけない新しい遊びを見出すように、魔術の新境地を発見する。
クランクはそれを美しくないと思った。
真実とは、先人たちが己の人生を懸けて積み上げてきたものを受け継ぎ、自分たちも努力と研鑽を惜しまずに切り開いていった先にこそあるからだと信じているからだ。
クランクの知人に一人、まさにその天才がいた。だが、その人物は特に何かを目指しているわけでもない。バッジを一つも持っているわけでもなく、魔術界の発展にも興味はないようだ。
しかし彼は常に新しい何かを見つけている。そして見つけたそれを、何のためらいもなく世界に公開するのだ。本来魔術というものは秘匿し、慎重に扱うことが基本なのに。
まるで新しいおもちゃをもらった子供が、一緒に遊ぶ仲間を呼ぶかのようだ。彼はおそらく魔術を楽しい道具くらいにしか思っていないのだろう。
クランクにはそれを認めることができなかった。
だが、それこそが彼自身が気付いていない心の中の鎖だった。
もし彼が本当に、努力し積み上げたものが素晴らしいと思うのならば、そちらを見続ければいいのだ。
自分が積み上げたものを誇り、そうすることの良さを周りに伝えるだけでよかったのだ。
だがそれができない彼の心の中にあるのは、天才に対する一種の羨望だった。
自分もああなりたかった。あのように生きたかった。でもできなかった。
ああいうものに対する羨望と、ああいうものになれなかった自分への失望を認めることができない。だから彼は天才を否定するしかなかったのだ。
彼はこれからも積み上げていくだろう。そしてそれは間違いなく世の中を良くするだろう。
だが、彼の心がどうなるかは彼自身にもまだ分からない。

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