空想お散歩紀行 時間停止魔法を使えるようになった男
二人の男がテーブルを挟んで会話をしている。お互いの手元にあるのはガラスのコップ。しかし中に入っているのは酒ではない。
「ついに俺は魔法を習得することができた」
「何だって、それは本当か」
彼らの住む国には、古くから魔法の伝承がいくつもある。歴史上には魔法が使えた者が大勢いたらしいが、いつしかその力は廃れ、途絶え、今では魔法を使える者は誰もいないと聞く。
「どんな魔法なんだ?」
友人は当然興味を持って聞く。魔法使いが現れたとあれば、この国の一大事だからだ。
「それが・・・時間停止魔法なんだ」
「な、なんだって」
魔法にも種類があるが、多いのは炎や水を操るなど、自然の力を借りるものだ。それはいくら魔法と言えどもこの世界の理から抜け出すことはできないからだ。
しかし、時間を止める魔法となれば話は変わる。完全に自然の理を否定している。
「おいおい、時間を止める魔法なんて、そんなの歴史に名前が残るの確実じゃないか。ちょっとやってみせてくれないか?」
「ああ、それはいいが、この魔法には問題もあるんだ」
「問題・・・?」
友人は自分が、ちょっと見せてくれなんて軽いお願いをしたことを恥じた。それだけ特殊な魔法ならば、当然リスクがあってしかるべきだ。時間を止めるなんて一体どんな制約を課せられるというのか。
「い、一体どんな問題なんだ?」
「ああ、この魔法を使うと、当然だが時間が止まる。そして俺だけが時間が止まった世界を動くことができる」
「ああ」
「だが、時間停止を解除して再び時が動き出した時、俺と世界の間に齟齬が生じてしまうんだ」
「齟齬?それはどういうことだ」
「例えるなら、時間を止めた世界で俺が24時間過ごしたとする。時間が止まった世界で24時間というのも変な話だが。まあとにかく、時間が止まった世界で24時間俺が勉強したとしよう。当然その分の知識を得ることになる」
「まあ、そうだな」
「そして、時間解除。時間は再び流れるが、そこにいる俺は24時間分の経験を余計に多く持っている状態になる。それが世界との齟齬だ」
「確かに、お前は他の人たちより24時間分多く生きていることになるな」
「そこで、その差を無くすために『世界の修正』が入ることになる」
「世界の修正?」
「ああ、俺が時間停止魔法を発動して、そして解除すると、発動中に俺が何をしていたか、その記憶が全て消えてしまうんだ」
「な、なんだって」
「ふ、魔法と言っても万能ではないらしい。世界を創った神がいるとしたら、何とも性格が悪いと言わざるを得ないな」
「でも、あれ?ちょっと待て、それだと・・・」
「よし、今から時間を止めるぞ」
そう言うと男は、両手を勢いよく合わせる。手と手が打ち付けられ放つ大きな音が辺りに響く。
「・・・・・」
「・・・・・」
ほんのちょっとだけ二人はお互い黙っていたが、魔法使いの男の方が先に口を開いた。
「ふう、やはりな。今時間が正常に流れているということは、俺が時間停止を解除したということだが、案の定時間が止まっていた間のことを何も覚えていない」
男は寂しそうに空を見上げた。
「力を手にしても、その力を思い通り使えないというのはつらいものだ」
空から地上へ視線を戻すと、男はグラスに入っていた飲み物を口へと運んだ。
彼の友人はしばらく黙っていたが、ただ一言だけ彼に尋ねた。
「いや、お前魔法なんて使えないだろ」
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