空想お散歩紀行 未来の違反行為
「トオノ・リュウセイだな」
男は自分の名前を呼ばれたことに対して、ただ頷くことしかできなかった。
今、トオノがいるのは狭い、机と椅子を置くだけで一杯になってしまうような部屋だった。
そこにトオノと、黒服の男が二人。二人ともヤクザのようにには見えないが、かと言ってサラリーマンのようにも見えない。
普通に休日を過ごしていたところ、突然現れたこの二人にトオノは無理やりここまで連れてこられた。同意などあったものじゃない。
「安心してくれ。別に君に危害を加えようとかそういうのではないんだ」
不安と心配で小さくなっているトオノを二人のうち一人の男がたしなめる。
正直二人とも服装が同じな上に、顔の感じも似ているためあまり見分けがつかない。特に社員証のような名札も付けているわけではないので、トオノはこの二人のことを心の中で、
チィ、ハチと呼ぶことにした。
チィの方が何かを取り出し、机の上に置く。
それは、絵画だった。大きさは縦5、60センチ、横4、50センチくらいだろうか。
「これが・・・何か・・・?」
トオノは何が何だか分からない。今まで絵画というか芸術にほとんど触れてこなかったのに、こんな突然価値があるのか無いのか分からない物を見せられても混乱するばかりだった。
「よく見るんだ」
今度はハチの方に言われて、改めて絵を見る。
絵の中央には一人の男が立っている。場所はどこかの部屋だろうか、歴史には詳しくないが昔の西洋風といった感じだった。
だがそれがどうしたと言うのだろうか、トオノの頭の上にハテナが無数に並んでいるのを見たのか、チィが答えを教えてくれた。
「ここに描かれている男。これはお前だな」
「・・・は?」
思わず声が漏れた。何を言われているのか分からないと表情が語っている。
「な、何言ってるんですか。これが・・・俺?どういうことですか?」
ハチがトントンと絵を叩く。
「これがお前なのは間違いない。こちらには特別な技術があってな。この絵の男とお前が一致する確率はファイブナインを叩いた。我々時空管理局をごまかすことはできんぞ」
時空管理局。その名前を聞いてトオノは思い出した。時間移動技術が開発されてから、一般人でも時間旅行ができるようになった。それに伴い、別の時代におけるトラブルや時に犯罪を監視、取り締まりをしている組織があることを。
「そうか、あなたたちが管理局ですか。で、政府の役人さんと俺とこの絵が何なんですか?」
チィとハチはトオノの質問に答えるようでいて、無視して話を進める。
「この絵は今からおよそ800年前のイタリアで描かれたものだ。さっきも言ったようにモデルはお前だ」
「だから、俺は違いますよ。今までの人生で海外旅行は行ったことあっても、時間旅行はしたことなんてないですよ」
「それは知っている。お前が今まで一度も時間旅行をしていないことは記録から分かっている」
じゃあ何で、と言おうとしたトオノを遮るようにハチに話のバトンが渡った。
「そう、『今まで』はお前は過去に行っていない。つまり・・・」
「つまり・・・?」
「お前は『これから』の未来のどこかで、過去に時間旅行に行くというわけだ」
一瞬、理解するのにトオノの頭の中がフル回転した。
「これから・・・?」
「そうだ、いつかは分からないが、この先の未来でお前は過去へと旅行に行き、そこで絵のモデルになって、その絵が現代まで残ってしまったということだ」
「は、はあ・・・」
正直、実感が湧かない。当たり前だろう、未来の行動のことを責められているのだから。
「で、で、俺はどうなるんですか?捕まるんですか?」
過去の時代で何かトラブルを起こせば、それに応じた罰が課せられる。懲役か罰金か、詳しくはトオノは知らないが、少なくとも警察のお世話になることは確かだ。
顔を青ざめさせるトオノに気を遣ったか、ハチが先程よりも柔らかい声を出す。
「いや、それはない。少なくともお前は今の段階では何もしていないのだから。だが・・・」
「だが・・・?」
「この絵があるということは、お前がこの先、過去旅行に行くのは確かだ。そこで『お願い』なのだが、過去には行かないか、もしくは行っても何もしないことをここで約束してくれないか?」
お願い、とは言っているがその声にこちらの選択権は無いことをトオノははっきりと感じていた。
トオノはただ、こくこくと頷くしかできなかった。
その瞬間、机の上に置かれていた絵が、すっと薄くなっていき、最後にはただ古ぼけたキャンバスだけがそこに残った。
「よし、未来は確定したみたいだな。帰っていいぞ、ご苦労さん」
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