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空想お散歩紀行 世界線交換の戦い

男は逃げていた。何から?それは分からない。
だが彼は、今自分を追ってきている者が自分の命を狙っていることだけは分かった。
なぜ自分が?命を狙われる理由は?
逃げながらも頭の中はフル回転中だ。
しかし理由は出てこない。彼は自分で言うのも何だが、これまで真面目に生きてきた。誰かの恨みを買うような真似はしてこなかったはずだ。
だが、今の状況はそれを全て否定しているかのようだった。
「何だってんだ、一体」
裏路地を走りながら男は毒づくことしかできなかった。
自分の命を狙ってくる相手。理由は分からないが、殺意だけははっきりと伝わってきた。
フードを被っていたので顔は見えなかった。
仕事に向かう途中でそいつは突然ナイフで襲ってきた。間一髪避けることはできたものの、その後は銃と思われる物を取り出して撃ってきた。
人通りもあるというのに全くのお構いなし。
何が何でも自分を殺そうという意志を彼は感じていた。
彼は無我夢中で逃げた。その中でほんの少し頭の中の冷静な部分が、逃げるコースを計算していた。
このまま路地を進む。人通りはほとんどない道だが、この先に警察署があることを彼は知っていた。
その冷静さを彼に与えたのは家族の存在だった。
妻と娘。二人のために自分は死ぬわけにはいかない。その想いが命を狙われている今でもパニックを起こさず、心をギリギリの所で踏みとどまらせてくれていた。
あと少し、あの角を曲がれば警察署だ。
だが見えた希望はすぐに塗りつぶされる。その角からフード姿のやつが現れたからだ。
そいつは獲物が目の前にいてもごく自然に腕を上げる。その手に持った銃を向けるために。
そして、銃口が彼の視界に入った瞬間、一回の乾いた音と同時に彼の全ては意識は黒く落ちた。

目が覚める。そこはいつもの部屋。いつもの布団。
「・・・夢か」
それはそうかと思いながら彼は起き上がる。
顔を洗い、朝食を取り、着替えて仕事に行く支度をする。いつものルーティン。
だが、何か違和感を感じる。
そんなはずはないのに。この一人暮らしをもう10年はしているのだから。
「そんなことはないよ。その違和感は正しいよ」
突如自分以外の声がして、彼は反射的に声の方へと振り返る。
そこには、熊のような猫のような、見た目はぬいぐるみみたいな何かが浮かんでいた。
「君は負けたんだ。世界線交換の戦いに」
「せ、世界線・・・」
何を言っているのか彼には分からない。いや、言葉は通じる。だがそれが逆に不気味な雰囲気を増大させていた。
「そう、君は昨日まで別の世界線にいたんだ。仕事は順調で、妻と娘がいる世界線。昨日君に勝ったのは、元々この世界線にいた君だ」
いきなり頭に中に流し込まれる情報に彼は混乱するばかりだったが、その激流の中で彼は少しだが思い出すことできた。
昨日までの自分を。
「そうだ・・・僕には家族がいた。こんな一人暮らしのアパートじゃなくて、もっと広い家で、3人で暮らしていたんだ・・・」
「少しずつ思い出してきたようだね。さて、そこでだ、君には二つの選択肢がある。一つはこのままこの世界線で生きていくこと。もう一つは、別の世界線の君に勝負を挑むことだ」
「勝負・・・?」
「簡単さ。昨日の君がやられたあれだよ。それを今度は君ができるんだ。ただし昨日君が負けた相手に再戦することはできない。あの世界線はもう昨日勝った方の君のものだから」
「そんな・・・」
「なあに、落ち込むことはない。世界線は山ほどあるんだ。その中から君が望むものを選んでくれ」
そう言うとこのマスコットめいた存在は、短い両腕を広げる。
その瞬間、彼の周りにA4の紙くらいの大きさの光が多数浮かび上がった。
「そこにそれぞれの世界線の情報が載っている。好きなものを選んでいいよ。そして交換の戦いを挑むんだ。さあ、どれにする?」
その縫い付けられたボタンのような目が微かに光ったように彼には見えた。

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https://note.com/tale_laboratory/m/mc460187eedb5

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