空想お散歩紀行 俺を探してみろ
それは突然のニュースだった。
わずか一代で農業、建築、通信、流通、教育に福祉等々、様々な事業にその手を伸ばしては成功を納め、巨万の富という表現では足りないくらいの資産を築いた男がいた。
その男の突然の死。
事件性は一切なく、かねてより抱えていた持病が急に悪化したことが原因であった。
豪放磊落という言葉はこの男のためにあるかのように、公私問わず振る舞っていた男は、当然メディアにも積極的に姿を出していたため、世間での認知度も高かった。
そんな殺しても死なないような男が死んだことに人々は驚いたが、それ以外にもう一つのことが人々の興味の対象だった。
彼の遺産である。
その額、100億とも1000億とも言われているが、その金について、彼は生前こう語っていた。
「俺が認めた、たった一人にだけ遺産を全て渡すことにした」と。
しかし彼の死後、遺産を受け取ったとされる人物はどこを探してもいなかった。
話によると、彼が持っているパスワードのようなものを直接受け取らないと、どこかに保管されている遺産を手に入れることはできないらしい。
結局、彼は誰にも遺産を渡すことが出来ずに
この世を去ったのだ、莫大な遺産は伝説になってしまうのだ人々は思った。
ところが、思いもかけぬ情報が突如世界を駆け巡った。その衝撃たるや彼が死んだ時と同等、いやそれ以上かもしれなかった。
その情報とは、彼は生きている、というものだった。
もちろん彼は死亡が確認され、葬儀も行われた。
しかし、彼は生前にあることをしていたという。
それは、自分の人格をネット上にまるごとコピーしていたというものだ。
今、ネット上には一つの空間がある。
『アナザー・リアル』と呼ばれるそれは、その名の通りもう一つの現実である。
ダイブ型のネット空間で、そこは地球レベルの世界が広がっている。そこで人々は現実の世界と変わらず遊んだり、仕事をしたりすることができる。
アナザー・リアル内で稼いだ金は、当然同世界内で使えると同時に、現実の世界でも換金が可能だ。
だから現実の世界よりも、アナザー・リアルの世界の方に長く滞在している人も特に珍しくもない。
そのアナザー・リアルの世界のどこかに、かの男が存在しているというのだ。
彼が言った、認めた人間とは、彼のことを見つけ出した人間のことではないかと考える者が出るのも無理はなかった。
その、まだ噂にしか過ぎない、本当かどうかも分からない情報にもかかわらず、アナザー・リアルに潜る人間の数が激増した。
それは当然と言えば当然だった。
莫大な遺産と言っても、それを受け取るのは彼の親族や身近な存在、つまりほとんどの人間にとっては無関係な話だった。
ところが、今回の話が本当なら、チャンスは世界中の人間にあるということになる。
アナザー・リアルの世界は、一夜にして一攫千金を狙うハンターたちの世界となった。
彼はなぜこんなことをしたのか、ただの酔狂なのか、それとも別の目的があるのか。だが、想像もできない額と思われる遺産は、そのような彼の思いを考察する暇を与えないほど大きすぎた。
何が起きてもおかしくない、もう一つの世界。
待っているのは栄光か、それとも・・・
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