空想お散歩紀行 残りの人生は有意義に
一人の男が招かれた部屋は机や椅子など、必要最低限の物が置かれた質素な部屋だった。
その質素さとは、裏腹に男の目の前に座っているのは、赤と緑の紋様が入ったローブを着た、いかにも魔術師といった感じの女だ。
「さて、魔術協会の審査官さん。今回はどんなご用件で?」
白々しいと、その男、魔術協会審査官のオルテは思った。
「ヴィオラさん。分かっていると思いますが、我々はあなたと敵対する意志はありません。あくまで私たちの目的は魔術界の、ひいては世界全体の均衡を守るためです」
どうも調子が狂う。オルテの率直な感想だった。
目の前の女性、ヴィオラは自分よりたぶん年上だとは思うが、時々幼い少女のようにも見える。
認識阻害系の魔法だろうか。
「ふふ、魔術協会が世界の均衡、ね。ま、いいわ。それで、目的はやっぱりアレかしら?」
オルテは一つ息をつくと気を取り直す。
「ええ、仰る通り、本日はあなたの魔法、『生命転化の秘法』についてお伺いしたいと思い、ここまで来ました」
「お伺いね、話を聞くだけって感じじゃなさそうだけど?」
「・・・・・」
その通りだった。魔術協会審査官の仕事は主に二つ。魔術界のパワーバランスを崩すような魔法の調査と、場合によってはその取り締まりである。
凶悪な術で、なおかつ術師本人が危険思想の持ち主だった場合、審査官の判断で対象術師の無力化、もしくは封印化が認められている。
「・・・『まずは』お話だけです」
生命転化の秘法。オルテが事前に聞いていた話では、一つの生命を別の生命へと生まれ変わらせる魔法とのことだ。つまり転生である。
「我々は、生命転化の秘法をランクAの術として認識しています」
「おやおや、これはまた大層な評価だ」
ヴィオラの表情には一つの陰りも無かった。
協会がランクA相当の魔術と考えているということは、術師は即対処されてもおかしくないからだ。
しかし、その当の魔術師は涼し気な顔。もはや全てを諦めているのか、それとも何も気にしていないか。
おそらく後者だろうと、オルテは直感していた。
「・・・あなたの術は使い方次第では世界に混乱を招くことは必至です。なので、より詳細な情報を頂けますでしょうか」
オルテの言葉に、少しだけ沈黙したヴィオラだったが、ふいに右手の指を鳴らした。
それと同時に、部屋の壁の一面が透き通る素材へと変化した。
その透明な壁の向こうにはもう一つ部屋があり、そこにいたのは・・・
「・・・猫、ですか?」
「そう、至って普通の猫だよ」
何十匹という猫が、エサを食べたり、寝ていたり、走り回ったり、じゃれ合ったりと思い思いに過ごしていた。
「私ができるのはこれだけさ」
「できるのは、ということはこの猫が、生命転化の・・・」
「そう。ここにいる猫は皆、元は人間だった者たちだ」
この光景を見るまで、オルテは正直半信半疑だった。転生と言ってもそれほど脅威ではない。せいぜい不完全な半人半妖の不完全なキメラもどきが産まれるくらいだと思っていた。
だが、
「ここまで完璧に、猫とは言え、転生が完成しているとは」
オルテの中で隣にいる魔術師の脅威レベルが
一段階引き上げられる。
その雰囲気を察したのか、ヴィオラの方から話しかけてきた。
「ここにいるのはね、元人間とは言ったけど、その全てが老人たちなのよ」
「どういうことですか?」
「私の術は、人間換算で70を越えた者で、しかも残りの寿命が10年を切った者を猫に転生させることしかできないのよ」
「えーと、それは」
「もちろん、猫に転生することを希望した者にしか術は施してないわ。人生の残りを、ろくに動かなくなった体で過ごすより、健康な猫で生きたいと願ったのよ。彼らは」
先程オルテの中で急上昇した熱のようなものが、今度は下がっていくのを彼ははっきりと感じ取ることができた。そして、何とか質問を絞り出す。自分の職務を全うしようと必死だった。
「何か、代償のようなものは?」
「残り寿命の1割ってとこね。5年寿命が残っているとしたら、6ヶ月分の寿命を転生時に差し出すことになる」
その後もいくつか質問をオルテは繰り返した。
「結局分かったのは、老人を猫に転生させる魔法と言うことか」
最初の生命転化という言葉が、妙に大げさに感じ出していた。
「お前さんたちの社会にとっても脅威にはならんと思うがね」
一通りの調査を終え、ヴィオラはいつの間にか用意したお茶をまったりと飲んでいた。もちろんオルテの分も用意してある。
「お前さんたちの社会じゃ、老人が増えているんだろう。掛かる金もバカにならんそうじゃないか。それなら猫にでもなった方が、金は掛からんし、可愛げがある。転生者も健康な猫の体になれて喜んでいるぞ。言葉は分からんがな」
その日、オルテの調査報告書に長々と書かれた文章。その最後には、生命転化の秘法、脅威度Cランクと書かれていた。
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