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空想お散歩紀行 ドリームナンバー

彼はその日、まさに夢見心地というやつだった。
日曜にあった競馬の大レース。その3連単を見事的中させたのだ。おかげでかなりの臨時収入を得ることができた。
ただ、偶然それを当てたというわけではない。
予兆があったのだ。
彼には一ヶ月ほど前から、毎晩夢の中に数字を見るようになった。
最初は何のことか分からなかったが、競馬のレースがあった当日、夢で見た4、9、12という数字を、特に本人は何か確信があったわけではなく、ただ何となくそれで馬券を買ってみたところ大当たりしたというわけだ。
だから彼はその翌週も、夢で見た数字をもとに馬券を買ってみたが、今度は当たらなかった。
ただの偶然だったのか。しかしその後も彼は毎晩夢で数字を見続けた。
ある日、111という数字を夢で見た。しかしそんなことはその日の午前中には忘れて、彼は昼下がりの街をぶらぶらと歩いていた。
街にはサラリーマンやら学生やら、多くの人が歩いている。
その日は、冬本番が間もなく来るであろう時期だというのに妙に暖かく、穏やかな陽気だった。
その時、それまで気配すら見せていなかった風が突如、鋭く街の地面を横切って行った。
瞬間、彼の目の前を歩いていた女性のスカートがまくれ上がり、その幕の向こう側の布地が彼の眼の中に入ってきた。
思わず顔がにやけそうになる彼だったが、慌ててスカートを押さえ、周りを見る女性に対し、見てませんよと言わんばかりに彼は目線を上空へと上げた。
その時彼の目に入ってきたのは、この地区で有名な商業施設の看板。トリプルワンと呼ばれるその建物には大きく111という数字が書かれていた。
彼は確信した。毎日夢で見る数字とは、幸運を呼び込む数字なのだと。
その数字に関わる何か、それに気付くことができれば自分に良いことが起きるのだ。
ただ、競馬の3連単とパンチラでは大分差があるが、それでも自分にとってラッキーであることに変わりはない。
その日から彼は夢で見る数字はしっかりとメモし、朝から晩まで注意深く身近な所から、世界のニュースまで観察を始めた。
だが、いざ探してみると数字は世の中の至るところにある。彼の置かれている状態は、必ず当たるくじを知っているが、それがこの世界のどこにあるのか分からないというものだ。
正直、探すことに疲れを感じてもいた。だが、それでも毎日夢に数字は出てくるので諦めきることもできなかった。
そんなある日、いつもと変わらない日常を過ごしていた彼は、街の中の交差点で立ち止まっていた。
赤信号、自分と同じく立ち止まって待っている人々、目の前を通り過ぎていく車。
そして信号が赤から青へと変わり、視覚障碍者のためのリズミカルな音が周りに響き始める。いつもの変わらない風景。
だが、変わらないと思っているものは、案外いとも簡単に裏切って来るものだ。
突然、彼の耳に普通では聞くことの無い音が飛び込んでくる。
それが車の急ブレーキの音だと気付いた時には、既に次の音がやってきていた。
考えて動いたわけではない。だが彼はとっさに後ろに飛びのいていた。
次に彼の耳に入ってきたのは、人々の悲鳴やざわめき、大小様々な声だった。
彼の目の前で、トラックとスポーツカーがぐしゃぐしゃになり、まるで一つの物体のようにくっついている。
その光景も驚くものだったが、彼が見ていたのは数瞬前まで彼が立っていた場所だ。
そこには、おそらくどちらかの車の物と思われる太く長い部品が地面に刺さっていた。
もし、とっさに後ろに飛びのいていなければ、そんな想像が彼の頭に浮かぶと同時に彼の目に入ってきたものがあった。
『九重4丁目交差点』
信号機が取り付けられている電柱に貼り付けられていた小さな紙。
その瞬間彼は思い出した。その日の夢の中に出てきた数字は、9と4。
そして彼は今度こそ確信する。毎日夢に見る数字は、決して幸運を呼び込む数字ではない。
幸運と不幸、どちらにも関係している数字なのだと。
その数字が指し示す何かに近づけば、幸運を手にすることもできれば、不運という穴に落ちることもある。
最悪自分の命にも関わることが分かった彼は、その日以降ますます身の回りの状況を注視せざるを得なくなった。

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