空想お散歩紀行 お悩みストレート解決
「・・・はい、確かに」
契約書の中身に不備が無いか、スーツの男はしっかりと目を通し確認した。
「では念のため確認ですが、あなたは死ぬことに合意しますね?」
「・・・はい」
小さくも力強く返事が返ってくる。男の右側に座っているのはまだ10代の少女。男からは横顔を見ている形になる。
この少女は死を望んでいた。所謂希死念慮というものを持っている。
「分かりました」
男はその返事に特に何も感じることはない様子だった。単なる確認程度にしか思っていない。
あなたの望みを叶えます。それが男の商売である。死を与えるのはその中の一つに過ぎない。
この少女がどんな想いがあって死を望んでいるのかなんて彼にとってはどうでもいい。求めているものを与える。ただそれだけだ。
「・・・さて」
男は今度は左を見る。ちょうど少女の対面に当たる位置だ。そこにも一つの椅子があるが、誰も座っていない。
いや、そこには確かに誰かいる。少女は姿を見ることはできないが、そこに誰かが座っていると感覚が教えてくれた。
少女には自分の目の前に座っている存在を見ることはできないが、男には見えていた。
「では、次はあなたですね。あなたは生きることに合意しますか?」
「・・・はい」
また返事が返ってくる。しかしそれは少女の目の前、空席に見える場所から聞こえてきた。
今ここには、人間の少女と、正体不明の男と、幽霊の少女の3人がいた。
幽霊の少女は希生念慮を持っていた。
この世界には様々な種族がいる。そしてその数だけ特有の悩みがあった。
男は望みを叶える形で、その悩みを解決するのを仕事としていた。
「それでは人間族のあなたと、幽霊族のあなたの体を24時間だけ交換という契約が成り立ちました」
正確には、人間の少女の体から魂だけを抜き出し、幽霊族の少女をその体に入れるわけだ。
一つの種族の悩みは、別の種族で解決する。
種族間お悩みマッチング。彼の運営するサイトには連日いろいろな悩みが送られてきている。
今回は死を望む人間と、生を望む幽霊の悩みを時間限定で解決することになった。
「では契約書に書かれたことは守るように気を付けてくださいね。特に幽霊のお嬢さんは」
「はい」
人間の体を借りている間、やっていいこととやってはいけないことが先程の契約書には書かれている。
「もちろん人間のお嬢さんのあなたも同様ですよ。幽霊になれるからと言っても自由になれるわけではないんですから」
「はい、分かっています」
彼の所に来る、悩みを抱えた様々な種族。
しかし得てして悩みというものは本人が深刻に捉えすぎているということが大半だ。
死にたいと願って男の所に来る人間族やそれ以外の種族は結構いるが、一度幽霊となり、死というものを体験すると、思ったより大したことはなかったようで、それ以降死にたいという願望はかなり薄くなることが多かった。
「それでは、24時間お互いによい経験をされますよう」
この男が何者なのか、見た目は人間族に近いが本当の正体は誰も知らない。ただ、彼は誰かの悩みを解決することに喜びを感じていた。
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