空想お散歩紀行 図書館防衛戦
その建物は外から見ると、まさに要塞以外の表現が見当たらない。
分厚く高い石造りの壁には、同じく鉄製の重厚な扉が一つだけ。そこが唯一の出入口。
そこをくぐったとしても、さらに壁と扉のエリアが何重にも続いていた。
「本当にヤツがここに来るんですか?」
この要塞の所長、ラングは不安そうな表情を取り繕うともしなかった。禿げ上がった頭と整った黒ひげはしっとりと汗を帯びている。
大柄な体格とは逆に小心な彼の隣には、それよりもずっと小さな体の女性が歩いている。
しかし、彼女が纏う雰囲気はラングの体格を超えるほどに感じられた。
「可能性は高い。だから私がここに来たのだ」
二人は要塞の中を歩き、ちょうど中央に位置するエレベーターに乗った。
地下に向かって静かに下降していくエレベーター。10人以上は楽に入れる空間ではあったが、二人きりの空気に耐えられなくなったラングが早々に口を開いた。
「今のところある情報では、二日後、ここに到着予定のトラックが襲われたということだけで、まだヤツの犯行とは・・・」
その言葉を遮るように、彼女、シェリル少佐は懐から何かを取り出した。
それは一冊の本だった。厚さはそれほどでもない。表紙も普通のどこにでもあるような本だった。
それを無言でラングに渡す。彼はその時点で嫌な予感がしていた。そして本を開き、自分の予感が的中していたことを知る。
「これは・・・」
「8時間前、私の部下が現場で拾った物だ」
ラングが開いた本の中身は、全て白紙だった。
彼がそれを確認したのと同時にエレベーターが目的の場所へと到着した。
扉が開くと、まず視界に飛び込んできたのは、
だだっ広いフロアに置かれた大量の本棚。そしてその本棚に隙間なく置かれた本の数々。
それでも入りきらないほどの本が木箱の中に入ったまま、色々な所に置かれていた。
この要塞の目的は、ここを守るためのもの。
つまりここは、鉄壁の図書館であった。
「間違いない、ヤツはここに来る。ナリッジは必ず来る」
彼女は憎々し気にその名を呟いた。
そいつは、現在でも正体不明の生物だった。
ただ一つ分かっていること。そいつは知識を食糧として食べる生物だということだ。
特に本という媒体を餌と認識して食らう。
捕食された本は、先程シェリルがラングに見せた本のように白紙になってしまう。
やっかいなのはその先だ。白紙になった本は、元々そこに何が書かれていたのか、もはや誰も思い出すことができなくなってしまうのだ。
つまり、ヤツの腹の中に入った知識は全ての人類の記憶の中からも消えてしまう。
だから人々は本を守ることにした。厳重な要塞を各地に作り、可能な限りの本をその中にしまい込んだ。
「こ、ここは幾重にも張り巡らされたセキュリティによって四六時中守られた侵入不可の砦です!心配には及びません!」
「それと同じような言葉を吐いた図書館が既に3つやられているが?」
人類はまだ、ナリッジに対する有効な対策を立てられていなかった。
「ヤツの恐ろしいところは、食った知識を使って自らの体を変えられることだ。体を小さな虫にもできるし、銃器にすることもできる」
まさに何でもありの化け物。そんな化け物から、人類が積み上げてきた知識を守るために彼女たちは戦っている。
守るべき宝を二人が眺めている時、要塞図書館中に警報が鳴り響いた。
「来たか。戦闘の準備はできているか!?」
「は、はい」
二人は先程乗ってきたエレベーターに向けて走り出す。本たちは変わらず静かに、ただ自らの命を宿して本棚に収まっていた。
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