空想お散歩紀行 最も手ごわい相手
とある所に一人の侍がいた。
男は剣を取れば敵は無く、今まで一度も負けたことがない。
その名は国中に轟き、およそ彼に剣の勝負を挑むものなど、今や一人もいなくなってしまった。
それでも男は強さを求めた。このままではつまらない。どこかに自分の力を試し、そして勝つための相手がいないかどうか。
だが誰に聞いてもそんな相手は分からないと返ってくる。
そんな時、一人の僧侶と男は出会った。
男はダメ元で僧侶に聞いてみる。自分の強さを証明できる相手がいないかどうか。
しかし僧侶から返ってきた答えは男にとって意外なものだった。
「あなたは戦いたいから戦っているのではなく、勝ちたいから戦っているのでもない。怖がっている。自分が一番強くないと心配で不安でたまらないから剣を振るっているのだ」
それを聞いて男は猛然と反論した。
しかし僧侶はそれを静かに流すと、男に一つの場所を教えた。そこに行けば、お前にとって最も手ごわい相手が見つかると。
男は自分の正しさを証明するため、言われた通りの場所に行った。
そこは山の中にある洞窟だった。
中は光がほとんど入らず、昼間だというのに夜よりも暗かった。
手探りで進む男は、ふいに何かの気配を感じ、その方を向いた。
そこには、今まで話でしか聞いたことの無い異形の化け物、いわゆる鬼がいた。
もはや人間の相手がいなくなった男にとって、まさにふさわしい相手だと思い、すぐに剣を抜いた。
一閃。鬼に一撃を見舞うと、その鬼はすぐに消え去った。
あまり手ごたえがなかったことに、男が逆に不審に思っていると、また鬼が現れた。
男はまたそれを斬る。そしてまた鬼は消え、新たな鬼が現れる。斬る。その繰り返しだ。
男の中には戦いに対する高揚感が満ちていたが、同時にこの状況に対する恐怖もわずかながらにあった。しかしそれは本人すら気付かないほどに小さなものだったが。
そしてどれだけ斬ったか数える気も起こらなくなったころ、男のいる洞窟に光が差し込んできた。
今まではちょうど太陽の位置の関係で暗闇だったが、洞窟にはわずかだが隙間があったのだ。
男は改めて、自分が今まで鬼と戦っていた場所を見つめた。
そして気付いたのは、自分の足元に無数に散らばっている鏡の欠片だった。
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