空想お散歩紀行 聖なる使命からの脱走
「よし、行くぞ」
気付かれないように小声で、しかし意志ははっきりと。
結局付いてくる仲間は8人だけだった。
確かに不確かな情報だ。何もせず、指示に従っていたほうが結局は幸せになる可能性だって十分に高いのだ。
しかし、彼はどうしても、あの偶然手に入れた情報をガセと捨てることはできなかった。
彼も薄々と気付いていた。このままでは幸せになることはできない。ここから逃げ出さないといけない、と。
仲間と共に暗い通路を進んで行く。足元だけを照らすランプを頼りに。あまり大きく灯りを点ければ目立つだけだ。大丈夫、この日のためにこの施設の通路は全て頭に叩き込んである。
彼を含め、仲間たちは全員この施設で産まれた。
そして施設の中だけで過ごし、外に出るのは施設のマスターが指示を出した時だけ。
そして、一度外に出た仲間たちは施設には二度と帰ってくることはなかった。
外の世界で仲間たちは幸せに暮らしているということだが、彼は偶然に知ってしまう。外の世界は決して安心安全な世界ではないことを。
だから、彼は脱走することにした。この施設から。
自分の人生は自分で決める。例えその先に不幸が待っていたとしても、それでも自分で決めた道の先で全てを受け入れたかった。
彼が求めていたのは光だった。
しかし、その想いをあざ笑うかのように、突然廊下の照明が全て点灯する。
当然彼自身も仲間たちも何もやっていない。
考えられることは一つ。
その考えが確信に変わる前に、廊下のスピーカーから声が聞こえてきた。
「まったく。困るじゃないか。出発までもう一週間も無いんだよ」
その声はイヤという程聞いてきた聞き覚えのあるものだった。
この施設の責任者にして彼らの支配者。
「マスター・サンタクロース・・・」
「君たちは世界中の子供たちのもとに届けられるために産まれてきたんだよ。人形タイプは意志を持ちやすいとは言え、逃げ出したりしちゃだめじゃないか。楽しみに待っている子供たちの幸せを何だと思っているんだい?」
呆れたようなその声に、彼は自然と声を張り上げ反論した。
「子供たちの幸せのため?ああ、確かに俺たちおもちゃを手にした子供たちは喜ぶだろうさ。だけどそんなの最初の内だけなんだろ?すぐに飽きて俺たちは見向きもされなくなる。そんな子供たちの一瞬の幸せのために、俺たちは一生不幸になってもいいというのか!?」
「・・・それが君たちおもちゃの最大の使命だろう」
「うるさい!俺たちの人生は俺たちで決める!」
人形たちは走り出した。マスターにバレた今、おそらくおもちゃ捕獲用のおもちゃが来るはずだからだ。
「子供を喜ばすことを放棄したおもちゃに一体どんな存在価値があるというのか・・・」
その言葉は誰もいない廊下にただ流れるだけだった。
サンタ・ファクトリー。おもちゃが産まれ、クリスマスイブの夜に旅立つ巨大な城。吹雪が吹きすさぶ白銀の世界の真ん中に建つこの場所で、おもちゃたちの存在意義を懸けた戦いが始まろうとしていた。
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