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空想お散歩紀行 昨日が無くとも

毎日記憶を失う男がいた。
朝目覚めると、昨日自分が何をしたのか、どこへ行ったのか、全て忘れてしまうのだ。
ただ自分がそういう特性を備えているということだけはなぜかずっと覚えていた。
男は、常に不安に駆られていた。
過去のことを何一つ覚えていない自分は、この先どうなってしまうのか。
過去を積み上げられない自分は、未来もないのではないのかと心配でたまらなかった。
だが、今では彼は毎日を幸せに過ごしている。
それは、いつかの自分が書いた言葉だった。
それは、紙に大きく書かれ、朝目が覚めた時に一番に目に入る所に貼られている。
『ただ、今日の自分で在れ』
彼はその一言で救われた気持ちになった。
昨日までのことが何も思い出せないことは、それは自分の幸せとは何の関係もないことを直観したからだ。
過去にも未来にも囚われず、ただ今を生きる。
過去を思い出せなくとも、今この瞬間の空の色や、風の感触を感じることはできる。
それでいいのだ。今ここに自分がいる。それだけでいいのだと男は思った。今に在る心は穏やかだった。

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