空想お散歩紀行 アーマーな彼女
到着した列車から乗客が降りてくる。
様々な人生が交差する駅という場所において、その二人はさらに異彩を放っていた。
「やっと着いたか」
先に降りてきたのはまだ少年のあどけなさを少し残した顔つきの青年だった。
風にたなびく金糸のような髪を無造作にまとめているが、その端正な容姿は道を歩けば多くの人が振り向くかもしれない。
だが、そういうことはあまりない。
なぜなら、もう一人の方がずっと異質だからだ。
「ああ、ずっと座ってたからお尻痛くなっちゃった」
続いて降りてきたのは、人ではなかった。
正確には人の形はしているが、人間らしさは感じられない。
「なんでお前が痛くなるんだよ」
青年、フィルのツッコミに、
「えへへ」
相方は愛らしい声を出した。その声はまさに少女のものだったが、それがさらに異質さに拍車をかけている。
その声の持ち主、エミリアは顔も体も見えない。その理由は単純で、全身が鎧で覆われていたからだ。
頭のてっぺんから足の先まで鎧、いわゆるフルプレートアーマーで包まれていて肌はどこにも見えない。
それどころか、明らかに声は年端もいかない少女なのに、身長は隣にいるフィルよりも頭二つ分は大きい。
見た目は明らかに全身鎧だから当たり前だが、女という性を感じさせない体と可愛らしい声のアンバランスさに、すれ違う人々は皆、彼女の方ばかり見てしまう。それはこの駅でも同じだった。
「さっさと行くぞ。とりあえず宿を見つけないとな」
「はーい」
歩き出す二人。フィルの革靴が地面を叩く音の後ろに、金属が地面を叩く音が続く。
「ここには、あいつらいないかな?」
「さあな。割と大きな街っぽいし、どこかにいてもおかしくはないかもな」
「えー、じゃあ目立たないようにしないと」
「・・・お前が言うな」
エミリアは異質だが、それでもまだ全身鎧を着た人間が歩いていると思われる程度だ。
しかし、それは文字通り外から見た事実でしかない。
街の一番大きな通りに出た二人。
石畳の道の両側には店舗や出店が並んで、色鮮やかな食品や菓子の類が自分たちをアピールするようにそれぞれの香りを風に乗せていた。
「何か、祭りか何かあるのか?」
「いいなあ。おいしそうな匂いなんだろうなあ・・・」
彼女は心底残念そうに屋台の食べ物たちを見つめていた。
彼女はどんな食べ物の匂いも感じることはない。なぜなら、その鎧の中には『何も無いから』
鎧の頭部分にある隙間の奥から彼女は世界を見ているが、そこに目玉はない。
彼女、エミリアに体は無く、魂が鎧に定着している。つまり鎧そのものが彼女であるわけだ。
「昔はこんなにたくさんお菓子はなかったよ」
エミリアは時々懐かしそうに世の中を語ることがある。
エミリアも最初から鎧だったわけではない。彼女は元人間だった。それが鎧の体のなったのがおよそ100年前。
「何か看板に書いてあるな、復興祭」
「あ・・・」
この祭典の名前を知ったエミリアは途端に先程までの元気に影が差した。
この祭、復興際は今から100年前に起こった『崩壊の日』からの復興を祝って毎年開催されているものだと二人は後で知ることになる。
『崩壊の日』とは世界の半分が文字通りの大打撃を受けた大災厄。
そしてそれを引き起こしたのが、今ここにいるエミリアだった。
彼女のもう一つの名前は『夢の巫女』
彼女が見た夢は預言となり、必ず現実のものとなる。
そんな彼女がかつて見た夢が、世界が滅びるというものだった。
不幸中の幸いで彼女はその夢を見ている途中で目を覚ますことができた。
だから、世界が半分崩壊したのではない。『半分で助かった』のだ。
だが、彼女は分かっていた。もう一度眠りに落ちたら夢の続きを見ることになる。そうなれば今度こそ世界が滅ぶまで夢を見るだろう。
そういうわけで、彼女と当時彼女に仕えていた神官や魔導士たちは、彼女の魂を肉体から放し、鎧へと移し替えたのだった。
これにより、彼女は食事も睡眠も取る必要のない体になり、100年経った今でも当時の年齢のまま生きている。
だが、世界には滅びを望むというどうしようもない連中もいる。
それが二人が警戒している『教団』と呼ばれる連中だった。
教団は夢の巫女を再び人間として復活させようと目論んでいる。
何かしらの方法で、エミリアに再び生身の人間の体を与えれば、彼女は眠り、夢を見ることになる。そうなれば滅亡の未来が確定してしまう。
フィルとエミリアはそんな危険思想の集団から逃げ、時には戦い、今日まで生き残ってきた。絶対にエミリアを人間に戻さないために。
「・・・・・」
「買うか」
「え?」
「別に食わなくても買っていいだろ。俺が二人分食べればいいし。食べるだけが菓子の楽しみ方じゃないだろ」
「・・・うん!!」
軽く見上げなければならない背の高い鎧を前に、出店の主人は多少面食らっていたが、エミリアは上機嫌だった。
分厚い金属に覆われた鎧が、カラフルな綿菓子を持っている姿は奇妙以外の何ものでもなかった。
だが、顔が見えないにもかかわらず、軽く揺れる鎧の様子から、喜んでいることははっきりと感じ取ることができた。
人間と動く鎧の二人旅は時々甘い思いをしながらこれからも続いていく。
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