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【ヌヌ 完璧なベビーシッター】子どもを預けること
オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆
〜なぜ、幼い子どもたちはヌヌに殺されたのか〜
本作は、幼い子ども2人が殺される場面から始まる。殺したのはベビーシッター兼家政婦。フランスでは「ヌヌ」と呼ばれる。
ストーリーは結末から始まり、なぜヌヌが子供達を殺したのかを物語るように進行していく。
主な登場人物は、音響ディレクターである父・ポール、弁護士である母・ミリアム、2人の子どもミラとアダム、そして、その家庭にヌヌとして雇われたルイーズ。
物語は全体として謎解きのサスペンスではなく、登場人物たちの行動を追うドラマ形式で進んでいく。序盤は母として苦悩するミリアムに焦点が当てられ、ルイーズがどんな人物なのかは終盤に進むにつれて徐々に明らかになっていく。
とはいえ、それぞれの人物の心理描写はそこまで深く語られることはなく、文体もあっさりしている。それぞれの心情を読者毎に自分の人生に照らし合わせながら想像していく、そんな語り口だ。
読む人によって誰に怒りを感じ誰に共感するか、かなり分かれるだろう。巧みな描き方である。
〜ヌヌという存在〜
フランスでは、保育園もあるが、柔軟に家や子どもの面倒を見てくれるヌヌの方が人気だそうである。ヌヌとして雇われるのはアフリカ系の女性が多いそうだ(本作で登場するルイーズは"白いヌヌ"と呼ばれ、珍しい存在らしい)。
ヌヌたちが一体どういう経緯でヌヌの仕事をするのか、なんとなく想像してしまうが、正直裕福な家の出ではない。
そんなヌヌを若い夫婦が雇う。日本ではあまりない形態の雇用関係で、少し想像がしにくい。
本作の主人公夫婦は弁護士と音響ディレクター。ともに仕事は順調で、それなりに求められる地位にいる。そして、子どもも2人、子宝にも恵まれた、フランスでは典型的な"成功した夫婦"である。
しかし、序盤は子育てに追われ仕事の復帰にも目処がついておらず、苦悩するミリアムの姿が描かれる。夫であるポールは子どもに関心はあるものの、「子どもが産まれたからといって、自分の人生は変えない」という信条がありながら、こちらも現実に子どもを抱える苦悩に悩まされる。
そんな2人の苦悩をいっぺんに解決したのが、ヌヌであるルイーズの存在だ。家事も子どもの面倒も完璧にこなすルイーズのおかげで、2人は仕事に集中し、満足のいく結果を残せるようになった。次第に2人はヌヌをもう1人の家族のように思っていく。
しかし、あまりにも完璧なヌヌの個人的な生活や人生に踏み込もうとはしない。あくまで雇用関係にあるヌヌとの関係。この関係が非常に微妙で複雑なのである。
〜誰かの犠牲で自分が幸せになっている〜
今、僕は子どもを保育園に預けているが、時々「保育園の先生の方が子どものことをよく分かってるのではないだろうか」と思う。家では見ない子どもの姿の話を保育園の先生から聞くたびに、軽い嫉妬心を持つ。
客観的に見れば、それはとても卑怯な考え方なのかもしれない。面倒の大半を見てもらっているのに、いざという時には「自分の子ども」という権利を行使して、好きな時に保育園の先生から子どもを奪い取ることができる。先生たちがどれだけ子どもを愛してくれていても、子どもがどれだけ先生のことを好きでいても、親というだけで引き離すことができる。
まぁ、集団対集団で見てくれている保育園に対しては考えすぎなのかもしれないが、保育園の先生にだって情を感じるのだから、一対一で見ているヌヌの心情は計り知れない。
絶対に手に入れられないものに愛情を注ぐ苦悩。
子どもたちを散々見てもらっていながら、ある年齢になったら「ハイ、さようなら」。
「自分たちの仕事の間に子どもたちを見てくれてありがとう」
「おかけで、自分たちは仕事に集中できました」
ここに、子どもを預かってきたヌヌの気持ちは無い。
自分の人生は誰かの心を殺すことで幸せになっているのかもしれない。
そんなことを考えた作品であった。