【数学と人間】数学嫌いのための数学エッセイ
オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆☆
〜数学なんて怖くない〜
著者の遠山啓さんという人を本書で読むまで知らなかったのだが、数学教育の分野で広く知られる人物であるらしい。初等教育で計算規則を教える方法を考案し、当時の文部省の学習指導要領準拠の講義よりも効果が高いことを実験的に証明したそうだ。
本書は数学に関する遠山さんのエッセイである。帯には「近ごろ数学が、数学ぎらいの人々を困らせたりうんざりさけているようだ」と書いているが、本書は「数学は恐ることなど何もないよ」ということを、その歴史や考え方から語るものである。
要は本書は「数学嫌いの人のために書かれた数学エッセイ」ということになる。
〜人間形成に欠かせない数学〜
ところで、この「近ごろ」というのがいつ頃のことなのか。本書のエッセイが紹介されたのが1971〜81年で、高度経済成長期の末期の頃である。
この時代に遠山さんは本書において「数学のあり方が変わった」と述べている。経営や行政の政策分析など、社会のあらゆる場面で数学が必要となってきたのである。
遠山さんによると、数学は「道具的な学問」であり、社会科学などと比べて実生活に役に立たないとして軽視されていたそうだ。
しかし、遠山さんは「数学こそ極めて人間くさい学問である」とし、「数学はただの道具ではなく、人間形成に十分寄与する」と述べる。
僕はもともと数学信者であるので、この遠山さんの意見に何の異論もない。数学の論理的思考は間違いなく大人にとって必要な考え方である。
数学は最近のブームのような形で重要視されてきたかのように思えるが、遠山啓さんのように、昔から数学の重要性を説く人がいたことが個人的には嬉しい。
〜数学的思考のために学ぶべき数学〜
さて、ところで、みなさんもご存知の通り、巷では「数学的思考」というものが一部でブームとなっている。AIの発展で数学が重要視されたことや論破ブームの中で論理的に考えることの重要性が認識されて、やたらと「数学的思考」というタイトルの本やWEBサイトが溢れている。
そういったものをいくつか読むと「数学的思考は数学を勉強するわけではない。その考え方を知ることである」というようなことが書いてあることが多い。言いかえれば、数学そのものを勉強しなくても、そのエッセンスだけ知れば良い、という。
この手の文章を読むたびに、その都合の良い考え方に呆れてしまう。
「数学を勉強せずにどうやって数学的思考を身につけるんだ?」
数学的思考、なんていう都合の良い言葉のない時代に、遠山さんは具体的に大人が勉強すべき数学は何かというのを、本書で明確にした。
それは①線型代数②微分積分③記号論理学④確率論である。
大人の数学の教養としてこれらを勉強すれば良い。そして、計算問題を解くのではなく、その考え方を理解する。
数学的思考を身につけるのであれば、上記の4分野の数学(の考え方)を学ぶ必要がある。
数学的思考を身につけるために、数学を勉強しなくて良い、なんてことはありえない。
もちろん遠山さんは「数学は難しくないよ」という前提で語る。$${sin}$$、$${cos}$$なんて覚えてなくても、線型代数は学べるし、最初から順番に学び直すのではなく、必要なところから入っても数学は十分理解できる、と述べる。
というわけで、数学嫌いにこそ読んでもらいたい稀有な数学エッセイ。
非常にオススメである。