【世界史の構造的理解】斬新な理系世界史観に、ついていけず…
オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆
〜物理学者の語る世界史の理解〜
「物理数学の直観的方法」や「現代経済学の直観的方法」など、独立研究者としてユニークな著書を書いている長沼伸一郎さんの最新著書である。
特に、「現代経済学の直観的方法」は、物理学の観点で経済学を直観的に理解するというアプローチの著書であり、この一冊で僕は長沼伸一郎さんのファンになったといっても過言ではない。
さて、今回は、物理学の観点で世界史を理解しよう、というもの。
非常に面白い内容だと期待して読み進めたのだが…今作は少し突飛な話もあり、長沼さんの世界史観にややついていけない部分があった。
〜縮退によるコラプサー化〜
さて、本書の感想の前に、「現代経済学の〜」の記事で取り上げていなかったことについて、ここで改めて取り上げておきたい。
それが「縮退によるコラプサー化」である。
本書においても、中心的な話題として挙げられており、今の資本主義の問題点を理解するのに非常に良い考え方なので、ここで簡単に取り上げておく。
「縮退」とは、生態系の分野では「少数の種だけが異常に繁殖してほかの多数の弱小種を駆逐し、種の寡占化が進んでいる状態」のことをさす。
この概念を経済の世界に当てはめると、「個人商店などが淘汰され、大型店舗やEC企業が市場を独占してしまう状態」となる。
これにより「経済全体としては成長しているが、非常に小さなサイクルの中で回る質の低い経済となる」という問題が発生する。
この問題が発生する原因として、人間の「願望」にスポットライトをあてている。
人間の願望には「長期的欲望」と「短期的欲望」がある。
社会における「長期的欲望」とは、「社会全体が良くなってほしい」という欲望で、「短期的欲望」とは「目の前にある願いを叶える」欲望である。例えるなら、ダイエット中に目の前に甘いお菓子がある、という状況で、「ダイエットに成功して理想の身体を手に入れる」というのが「長期的欲望」であり、「目の前のお菓子を食べたい」というのが「短期的欲望」である。
そして、社会全体が「短期的欲望」を満たす事に注力した結果、今日の資本主義を推し進めてきた形となる。結果、社会全体にとっての利益が、目の前の利益を満たす事で押さえつけられ、一部の大企業が市場を独占してしまう現状を作り出した。「短期的欲望」が「長期的欲望」を押さえつける形となっているのが今の社会である。
これを歴史的に見ると、宗教や専制制度でこの「長期的欲望」というのは守られてきたのであるが、資本主義が推し進められている現在では、再び宗教や専制制度を社会の中核に据えることは不可能であり、縮退が進んでいく。
そして、縮退が進み、そこから戻らなくなってしまう状態のことを、長沼伸一郎さんは「コラプサー化」と表現している(コラプサー、とはブラックホールの昔の言い方らしい)。
さて、この話は「現代経済学の直観的方法」でも書かれていたのであるが、本書においてはさらに一歩進み、世界史的観点で見ると、この「縮退によるコラプサー化」により、人類全体を進歩させる「長期的欲望」が満たされなくなり、「人類の歴史そのものが止まってしまう」という事を懸念しているのだ。
この「縮退によるコラプサー化」というのは、現代の状態を表現するのに、非常に面白い概念なので、ぜひ「現代経済学の〜」と併せて読んでみていただきたい。
〜やや曖昧な結論〜
さて、本書も斬新な世界史観としてかなり面白いのであるが「現代経済学の〜」と比較すると、やや無理のある展開が多いように感じ、腑に落ちない点も多々あった。
特に、本書で幾度と出てくる「理数系武士団」という集団が、いまいちイメージできなかった。
本文でも挙げられる人物(勝海舟など)が、なぜ「理数系武士団」になるのか、というのが、僕自身はあまり納得がいかなかった。
そして、その「理数系武士団」の出現が、今の出遅れた日本を建て直すキーとなっているのだが、その出現のために何か具体的な案があるわけではなく、あくまで「理数系武士団」の登場を「期待する」程度に終わっているようにも感じた。
その他にも、人類の歴史のコラプサー化を防ぐために人々が「歴史に参加する」という意識を持つ事だ、欧米の「部分の総和は全体に一致する」というドグマを突くべきだ、といったような、人々の意識に訴えかけるような結論になっており、日本の武器、といえるものが具体的に形として見えなかったのも、なんだかもやもやする。
まぁ、着地点こそふわふわしている印象があったのだが、新しい世界史観として非常に面白いので、「現代経済学の〜」を読んだ方はこちらを併せて読むといいだろう。