【馬のような名字 チェーホフ傑作集】不条理・ナンセンスの嵐
オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆
初チェーホフ。
本書に掲載されている全18編についてひとつひとつ感想を書いていく。
〜各話感想〜
○馬のような名字
歯痛を治す、というまじない師の名前が思い出せない…という話。
歯痛と名前が思い出せないことの二重のイライラに悩まされる主人が気の毒で仕方ない(笑)
○小役人の死
序盤でいきなり驚かされた一作。
え、そんな終わり方アリ!?
○太っちょとやせっぽち
たとえ相手が友人だったとしても、立場が変われば、コロっと態度を変える人の悲しき性…。
○カメレオン
立場によって態度を変える悲しい人を描いている点では、前作の「太っちょとやせっぽち」とよく似ている。
まぁ、なんていうか、全員ちょっとずつ悪いやつってのが笑える。
○かき
物乞いを決断するほど貧窮している親子の話なのにもかかわらず、どこかおかしみがあり、感情をどう保てば良いかわからない一作。
お腹減ってるのに、よりによって、牡蠣が気になっちゃうかぁ…(笑)
○ふさぎの虫
どれだけ誰かに聞いて欲しい話があっても、親身になって耳を傾ける人なんて、まぁいないよね。
そんな哀しさが沁みる一作。
○悪ふざけ
なんという可愛らしい悪ふざけか。
悪ふざけをする本人とそれを受けた相手の気持ちのギャップが、滑稽である。
○ワーニカ
おお…悲し過ぎて笑えない…。
どれだけ切実な願いを持っても、無知であるが故にその願いが、叶うどころか、誰かに届くこともないのか…。
○ねむい
某YouTubeで「狂気の作品」として紹介されていた一作で、これを読みたくて短編集を買ったようなものである。
たしかに単体で読むと、かなり怖い一作なのだが、ここまで読んできてチェーホフの世界観をある程度理解した上で読むと、ラストの一節もブラックジョークのようにも感じてしまう。
○恐怖(私の友人の話)
何かに関わりすぎると、恐怖を感じてしまう。失うことへの恐怖なのだろうか。何に対する恐怖なのかはわからないけど、主人公の友人が語る恐怖はなんとなくわかる気がする。
正体のわからない恐怖は常に僕らを襲う。逆に恐怖を感じない人生とは、何も持っていない人生なのかもしれない。
○ロスチャイルドのバイオリン
これまでとは違い、非常に味わい深い感動の一作。
人は失わなければ大事なことに気づかない。そんな哀しい人間の姿を描く美しい短編だと思う。
○学生
ごめんなさい、これうまく理解出来なかったので感想は割愛します。
○箱に入った男
世間と関わり合いを持つとストレスになる気持ちはよく分かる。そんな人の箱の中に他人は無理やり入ってきたり、外に引きずり出そうとしたりする。結局のところ、みんな身勝手。
この"箱"というのが何を指すのか、これは人それぞれだろう。
○ある往診での出来事
最後の娘と医者の会話が、希望に満ちていて好きだ。
未来の世代は僕らの悩みを解決する知識を持っているに違いない、という考え方は非常に美しい。
○かわいいひと
誰かを愛していないと生きる希望すら無くしてしまう女性、オーレニカの話。
ことあるごとに愛する人を無くしてしまうオーレニカを不憫に思いながらも、いくらかオーレニカ自身にも原因はあるんじゃない?とも考えさせられる絶妙なバランス。
ラストシーンは、その後について色々と想像を膨らませてしまう。考える余地のある空白が心地いい一作。
○いいなずけ
自分の置かれた境遇から解放され、自由な生き方を望む女性の姿を描いた一作。
この時代のロシアの状況とかはよくわからないけど、本作からは古い慣習やしきたりが世代を超えて女性を支配していた社会が見えてくる。
○結婚披露宴 一幕の喜劇
最後の2作は、小説ではなく舞台劇の脚本となっている。
結婚披露宴でのドタバタ劇。ナンセンスな吉本新喜劇のような感じで楽しい。
○創立記念日 一幕の喜劇
こちらも舞台劇。
終盤のカオスな展開にはさすがにニヤリと笑ってしまった。ナンセンスの極みである。
〜総評〜
本書の中でのオススメは「小役人の死」「ワーニカ」「ある往診での出来事」「いいなずけ」「創立記念日」である。
チェーホフを読んだのはこれが初めてであるが、この一作で好きになってしまった。
他の作品も是非読んでみたい。
いずれの物語も悲劇なのか喜劇なのか区別がつかない不思議な話ばかりである。「笑っていいのか?」と思えるほど、登場人物が深刻な環境に陥る様は、感情の持っていきどころに困る。
しかしながら、巻末の解説によると、チェーホフはいずれも「喜劇」として書いているそうだ。
僕はこの世界観がクセになってしまった。
チェーホフをもっと色々と読んでみたいと思う。