【サル化する世界】じっくりと時間をかけて考える人間に
オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆
〜相変わらずな内田先生〜
高校生の頃に、現代文の授業か教師であった母の影響かは忘れたが、内田樹さんの書く文章が好きだった。以前読んだ「大人のいない世界」は久しぶりの内田樹さんの著書であり、それをきっかけにまた読み始めようと思ったのだった。
さて、本のタイトルからも分かる通り、内田樹さんはなかなか口の悪いおじさんである(笑)
しかし、僕としては世の中のモヤモヤを見事に言語化してくれる方として、非常に読み心地の良い書き手さんだ。
これは僕が勝手に思っている事だが、「こういう人ってやっぱり変だよね」とか「こういう言い方って間違ってるよね」と僕が思っている人が内田さんと同じなのだと感じている。
内田さんに対して、僕は「品のある毒を吐く人」という印象を持っている。本作でも、見事な内田節が炸裂している。
〜「サル化」とは?〜
さて、この挑発的なタイトルにおける「サル化」とはどういう事なのか。
その謎は本書のまえがきで明らかになる。
「サル化」というのは『荘子』と『列子』に出てくる故事「朝三暮四」が由来なのだそう。
サルに毎日、朝4つ夜4つの木の実をエサとして与えていた飼い主が、とある事情からサルの餌を減らさなくてはならなくなり、サルに「朝3つ夜4つ、木の実をあげよう」と提案すると、サルは激怒した。そこで、飼い主は「では、朝4つ夜3つ、木の実をあげよう」と提案したところ、サルは大喜びした。
という話である。
サルは目の前の利益しか目に入っておらず、未来の自分が損をする事に気づいていない。いわば、「今さえよければそれでいい」という後先考えず目先の利益だけを追求する考え方を内田さんは「サル化」と表現したのである。
(だから、僕はお猿さんをバカにしたり、差別をしている訳では無いんですよ、といってしまうあたりが内田先生ならではである笑)
本書はエッセイや雑誌の取材、対談をまとめたもので、話題としては、憲法、教育、国際情勢、AI技術、政治、などなど多岐にわたるが、いずれも「目先の事だけ考えては失敗してしまう」「もっと長いスパンでじっくりと物事を考えるべきだ」という結論に一貫している。
すぐに結果を求め、効率ばかりを重視して、目に見える成果が証明出来ないものを蔑ろにする。
そうではなく、結果が出るまで時間がかかるものを考え続けられる人こそが成熟した人間であり、崩れていく日本を立て直すには、人々がそういう考え方をするようになる必要があるのだ。
〜喫緊の課題には馴染まないかも〜
僕は内田さんの意見には概ね賛成である。企業も行政も、普通の人々も、目の前の利益ばかりを気にしてしまい、先の事を考えて行動していなければ、結果後になって苦しい思いをしてしまう。未来の自分と今の自分を同一視出来なくなってしまっている。
長い目で見る、という事が出来なくなってしまった人々が多いと僕も思う。
しかしながら、もはや崩れてしまっているものについては、この「長い目で見る」という考えが相容れない、というか馴染まない、というか理解されない、というか納得できないものだというのもたしかだろう。
日本の政治や社会システムはもはや崩壊寸前である、というのは多くの人が考えているだろう。その話題に対して「長い目で見ましょう」と言われても、ハイそうですね、と言える人はなかなかいないと思う。
今すぐにでも対策を打って立て直さなければいけない課題も多いのだ。
ここからは、僕の勝手な解釈だが、内田さんは、急速なサル化が進んだ日本には、立て直すための特効薬のようなものは無い。なので、一度崩壊してしまう事を前提にして、長い目で見て未来を変えていく方法をじっくり考えていけば良いのでは無いか?
と言っているように思える。
とても受け入れられる話ではないが、むしろ「もう立て直しは無理でしょ」と開き直って、さらに先を時間をかけて考える方が実は救いなのかもしれない。
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