なぜそれを欲してしまうか――櫻井義秀『霊と金:スピリチュアル・ビジネスの構造』(新潮新書、2009年)評
近年、頻繁に目にとまるようになった「スピリチュアル」という言葉。もとは宗教学や精神保健の概念「スピリチュアリティ(霊性)」――諸宗教に共通の人知を超えた大いなるものへの畏敬の感覚、あるいは人びとの生を充実させるのに必要な価値観――に由来するそれは、しかしながら、従来の用法や領域を越えて、幅広く用いられるようになってきた。
その象徴的存在が「テレビ霊能者」である細木数子や江原啓之だが、二人を頂点とするピラミッドの裾野には、ヒーリングや占い、各種セラピー、チャネリング、気功、浄霊、カウンセリングなど、多種多様な癒しを提供する無数の業者がひしめき合う。その種の業者らによる大見本市「すぴこん」まで存在する。これらの商売は、取引される商品がスピリチュアルなものであるのに加え、取引する行為自体がスピリチュアルなサービスにもなっているという点で特徴的だ。
本書では、これらを「スピリチュアル・ビジネス」と名づけ、その実態について各種事例をもとに検討し、それらを宗教経済や現代社会という文脈の中に位置づけ、なぜそれらを私たちの社会が欲してしまうのかを明らかにしていく。著者は、山形県出身の宗教社会学者(北海道大学大学院文学研究科教授)。その肝は、現代のスピリチュアリティ・ブームのポジティヴな側面のみを焦点化して評価し追認する言説群とは一線を画し、そのネガティヴな側面を批判的に捉える視点を提供している点にある。
占いや心霊などネタにすぎないのだから、無粋なことは言わず戯れよ――そんな態度が、ポストモダンの影響圏では長らく公式見解となってきた。だがその一方で、不安定化し、数多くの人びとが生きづらさを抱え、癒しを求める社会の到来を背景に、スピリチュアル・ビジネスは「粋に戯れている」つもりの無防備な人びとをお手軽に収奪し続けてきた。もはや猶予はない。ポストモダンのリスクを直視するための、本書は使える実用書である。(了)
※『山形新聞』2009年07月19日 掲載