研究メモ 議員内閣制で首相が大臣を働かせるためには、いつでも彼らを解任できなければならない
政治家の資金調達能力や支持動員能力は評判や実績によって大きく左右されます。そのため、政治家は大臣などの閣僚に任命されることを強く望みます。しかし、政治家の誰もが閣僚として有能であるとは限りません。そのため、議院内閣制の下では首相は組閣の際に可能な限り有能な人材を選び抜いた上で、彼らを閣僚に任命することが求められます。
しかし、首相から閣僚に任命されたとしても、政治家が絶えず勤勉に働くとは限りません。閣僚に与えられる報酬は法律で定められており、業績と連動させて変更することができません。もし首相から解任される危険性がないならば、閣僚は公務に専念しないかもしれません。首相が閣僚に自分の業績を向上させるために、彼らをいつでも解任できるようにしておかなければなりません。
ここで問題が生じてきます。先ほど述べた通り閣僚のポストを手に入れたい政治家がたくさんいたとしても、閣僚のポストに見合った能力を持つ政治家はごく一部にすぎません。もし今の閣僚を解任したいと首相が思っていたとしても、次に任命する人材が見つからなければ解任できません。
議院内閣制の下で首相が直面する、このような問題を分析した研究論文がたくさんあります。例えば、DewanとMyatt(2010)は、首相が閣僚を統制する難しさを次のようにモデル化することを提案しています。
それぞれの閣僚は自分の時間を公務に捧げることもできれば、公務とまったく関係のない自分の政治活動のために時間を割くこともできます。閣僚に業績に連動させた報酬を支払うことが制度的に不可能なので、閣僚として在任できる期間が固定されている場合は、閣僚が公務にばかり時間を割くことは合理的ではありません。公務に専念するか否かにかかわらず、受け取れる報酬は一定だからです。
この行動の選択は閣僚の能力と関係はなく、報酬の制度設計の特性から起こるので、有能な人材を配置したからといって解決できるような問題ではありません。
閣僚が公務で手を抜き始めると、不祥事を起こしたり、あるいは重要な案件で成果を出せない事態が生じる確率が高まってきます。そうすれば、首相は任命責任を問われる恐れがあります。不祥事の内容によっては内閣支持率を低下させる可能性もあります。
しかし、首相は優秀な人材をいつでも見つけ出せるとは限らず、候補がいなければ問題の閣僚を入れ替えることはできません。結果として内閣は総辞職となるでしょう。このような分析によって明らかにされているのは、その首相が利用できる閣僚候補の多さによって、その政権の寿命が規定されるということです。
閣僚を解任できる度合いが議院内閣制における政権の寿命と関係があることは、イギリス政治を対象としたDewanとDowding(2012)でも裏付けられています。1945年以降の歴史において、イギリスの首相は政府全体の立場から閣僚のそれぞれの業績を評価し、留任させるべきか否かを判断しますが、解任するとなると、代わりとなる優秀な人材を確保し、次々と入れ替えることができなければなりませんでした。
以上の様に首相の政権運営の問題を理解すれば、最初の組閣で有能な人材により閣僚ポストを埋めることができたとしても、彼らを長期にわたって在任させることが政治的に望ましくないこと、政権を長期にわたって維持しようとするほど有能ではない人材を閣僚ポストに配置せざるを得なくなってくることが理解できるようになると思います。
参考文献
Dewan, T., & Myatt, D. P. (2010). The Declining Talent Pool of Government. American Journal of Political Science, 54(2), 267–286. doi:10.1111/j.1540-5907.2010.00430.x
Dewan, T., & Dowding, K. (2012). Accounting for Ministers: Scandal and Survival in British Government 1945–2007. Cambridge: Cambridge University Press.