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メモ 共通の安全保障とは何か? どのような戦略でその政策を実行するのか?

共通の安全保障(common security)とは、脅威を及ぼす国家と紛争状態になることを避けることを目指す安全保障の構想です。1982年にスウェーデンのオロフ・パルメ首相(1927~1986)が組織した国連の独立委員会でまとめられた報告書『共通の安全保障(Common Security)』で提案された構想であり、1980年代にアメリカとソ連との間で核戦争が勃発することを回避する狙いがありました。

冷戦期のヨーロッパではアメリカとソ連の核戦力の軍事バランスが重要な問題として認識されてきましたが、1970年代後半にソ連は中距離弾道ミサイル(RSD-10;SS-20)を配備したことで、事態が急展開しました。この中距離弾道ミサイルには、従来の弾道ミサイルに比べて優れた機動性があり、アメリカにとって追尾や捕捉が難しい装備でした。

しかも、その中距離弾道ミサイルには核弾頭の運搬手段として必要な射程があり、精度の面でも向上していると見られたため、アメリカ軍はソ連軍に対して不利な態勢に置かれる恐れがありました。アメリカ軍も対抗策として中距離弾道ミサイルを配備するようになったことから、ヨーロッパでは核戦争の懸念が高まり、アメリカとソ連が軍備管理交渉に入ることを安全保障の構想とすることが議論されるようになりました。共通の安全保障は、このような状況下で提案された構想でした。

共通の安全保障は、一面的に見れば国際的な協調を図るリベラルな安全保障の構想ですが、軍事的な脅威が実際に存在していることを認めるリアリスト的な状況認識を前提に置いています。バリー・ブザン(Barry Buzan)は、共通の安全保障が折衷的な構想であることを述べたことがありますが、それは空想的な平和思想から脱却した一つの戦略的思考であると同時に、無制限の軍拡競争を回避しようとするものであると説明していました。以下では、次の論文に依拠して1980年代前半の議論を紹介してみます。

ブザンの論文ではパルメ委員会の報告書が先駆的なものであったと認めつつも、期待外れな内容であったと批判しています。その理由は、共通の安全保障を実行に移すために抑止論の考え方を拒絶し、軍備管理を徹底させる方向で議論が進んでいることです。「共通の安全保障は強力なアイディアであるが、全般的軍縮を阻んでいる巨大な障害を乗り越える上で必要な力があるという証拠はどこにも見出せない」と述べられています(p. 268)。

ブザンは、パルメの報告書の限界を乗り越えるために、軍備管理の専門家がいくつかの提案を出していることを紹介しています。その一つが1985年に出版されたスウェーデンのシンクタンクであるストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が発行した論集『共通の安全保障のための政策(Policies for Common Security)』であり、そこでも抑止に頼ることの危険性が論じられています。ただし、抑止戦略を最小限抑止戦略と最大限抑止戦略に区別することによって、共通の安全保障を実行に移す方法をより具体的に検討しようとしています。この二つの抑止戦略の違いは、潜在的な挑戦国に武力の行使を思いとどまらせるために我が国が満たすべき条件について異なる考え方を採用しています。

最小限抑止戦略では、相手を確実に確実な損耗を与えることが可能な態勢をとれば抑止できるという考え方に依拠しますが、最大限抑止戦略では、核戦争を含めた全ての烈度の武力行使が可能でなければ相手を抑止することはできないという考え方に依拠します。ブザンは、この研究の中で検討された最小限抑止が共通の安全保障の考え方を補完する上で重要な構想であると評価していますが、共通の安全保障を具体化する上でどれほど重要な意味を持っているのかが十分に検討されていないと批判もしています(pp. 269-270)。最小限抑止戦略は、敵に先制されたとしても、その第一撃に耐え忍んで報復が可能であるならば、それで抑止は十分に成り立つと想定します。そのため、全面的な核戦争を遂行して相手を打ち負かす能力を保持することに固執する必要がないため、軍備管理交渉を通じて軍備の水準をより柔軟に調整することが可能です。

さらに共通の安全保障の具体化に向けた議論としてブザンが重視しているのは、軍備の運用だけでなく、軍備の種類に注目している分析です。スタンリー・ウィンダス(Stanley Windass)が1985年に編纂した論集『核戦争を回避する(Avoiding Nuclear War)』では、共通の安全保障を実現する上で重要なことは、攻撃的軍備と防御的軍備を区別し、規制の対象を攻撃的軍備に絞ることで、安定的な軍事バランスを構築することだとされています。もし防御的軍備が規制されると、防御より攻撃が優位に立つことになるので、そのような軍備管理はかえって戦争のリスクを増大させる恐れがあります。防御的軍備に依拠した防衛のあり方は非挑発的防衛(non-provocative defense, NPD)と呼ばれており、これは共通の安全保障を実現する上で重要な戦略構想とされています。

ウィンダスは非挑発的防衛に基づく戦略構想を検討する中で精密誘導ミサイルの重要性を強調しました。精密誘導の技術は遠方から車両、航空機のように攻撃的な作戦行動で部隊が移動するための手段となるプラットフォームを撃破することを可能にするため、非挑発的防衛に適していると考えられています。ブザンは、最小限抑止は核戦力の運用に、非挑発的防衛は通常戦力の運用に対応しているとした上で、非挑発的防衛では防衛者が侵略者と自国の領土で交戦することを必要とするため、国土が荒廃するのは防衛者だけという非対称性があることが懸念されています。また、非挑発的防衛は、敵の攻撃前進に対して強靭に防御戦闘を継続することが前提となっているため、国境地帯の防備を固め、かつ十分な縦深がなければならないともされています。西ドイツのように、国境付近に多数の住民が居住している場合や、イスラエルのように国土が狭隘な場合には、非挑発的防衛は現実的な選択肢とはならないかもしれません。

これら以外にもいくつか課題はありますが、ブザンは共通の安全保障を対外政策として具体化する場合、最小限抑止と非挑発的防衛を組み合わせた戦略を追求することが有望であるという見解をとっています。この記事では拡大抑止の問題に関しては説明を割愛しますが、共通の安全保障がどのような軍事的能力の基盤の上に実行可能なものであるかを考える上で参考になる議論だと思います。精密誘導ミサイルの技術が平和に寄与するという発想には少し驚かれたかもしれませんが、前進する敵を遠方から撃破することが可能であれば、非挑発的防衛を実行する上で有効であるという見解を知っておくことは、最近の日本の防衛論争を読み解く上でも重要だと思います。

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