見出し画像

いかに国家は戦費を調達するのか? How States Pay for Wars(2016)の紹介

戦争を遂行する能力を構築するためには、財政的な裏付けが必要です。軍隊を構成する人員、武器、装備などの要素は、すべて国内で動員される必要があり、その費用は国庫から支出されなければならないためです。ジエリンスキー氏の『戦費の支払い方(How States Pay for War)』(2016)は、近代以降に国家が戦争を遂行するため、どのような手段で戦費を調達してきたのかを歴史的に考察した研究です。

Zielinski, R. C. (2016). How states pay for wars. Cornell University Press.

この著作の意義は、これまであまり注目されてこなかった要因で国家が戦費を調達する手法に違いを説明できることを明らかにしたことです。著者は第1章で、一般的に国家の指導者が戦費を調達する手法は3種類に大別することができると論じています。第一の手法は直接的資源抽出(direct resource extraction)であり、これには戦時に導入される所得税や徴兵制などが含まれます。第二の手法は間接的資源抽出(indirect resource extraction)であり、これには内債の発行や貨幣量の増加などがあります。第三の手法は対外的抽出(external extraction)であり、外債の発行はこのカテゴリーに位置づけることができますが、著者は外国の資産を強奪するという選択肢も戦費調達の一つの手法として考慮に入れています。

以上の区分を踏まえながら、資源抽出の行政実務に従事する官僚機構の能力、指導者のインフレーションに対する警戒の度合い、そして国民が戦争を支持する程度という3つの基本的な要因が、それまで考えられていた以上に戦費調達の手法を規定してきたと著者は主張しています。もし指導者がインフレーションを恐れており、官僚機構に資源抽出に必要な能力が十分備わっており、かつ国民が戦争遂行を支持しているとすれば、第一の直接的資源抽出を採用する確率が高まります。しかし、インフレーションの恐れが少なく、戦争遂行に対する国民の支持が低迷しており、官僚機構の能力も不足している場合は、第二の間接的資源抽出を採用しやすくなります。さらに、外貨準備を十分に持っていない場合についてですが、著者は第三の対外的抽出を採用しやすくなると論じます。最後に、インフレーションへの懸念が強く、国民の支持が強固であるならば、指導者は資源抽出に関する行政をより効率的に行えるように、官僚機構の拡充に積極的に投資するようになるとも述べています。

第2章以下の内容は、これらの議論を裏付ける根拠を示すことに割り当てられています。定性分析の結果と定量分析の結果を組み合わせることで、著者は自説が妥当であることを示そうとしています。第2章では朝鮮戦争、第3章ではベトナム戦争においてアメリカが戦費を調達するために何を行ったのかが検討されています。第4章ではイギリスがクリミア戦争と第二次世界大戦で採用した財政的措置の事例が、第5章では日露戦争における日本とロシアの事例がそれぞれ検討されています。第6章では1823年から2003年にかけて各国が戦時にとった財政的措置がどのようなものであったのかを計量分析で明らかにしようとしています。ただし、この分析の結果は必ずしも明確ではないため、著者の議論を十分に裏付けることができているのか疑問が残ると思います。この計量分析で使われているデータは著者が独自に作成したものであり、歴史上の交戦国の財政行動の特性が13種類のパラメータで把握されています。このようなアプローチで戦時財政に取り組んだ研究はまだまだ少なく、著者の分析は粗削りな部分があるものの、重要な一歩を築いていますが、そこから引き出される知見は限られており、先に述べた著者の議論を強く支持するものではないように思われます。

ただ、全体として見れば著者の研究成果は一読に値するものになっていると思います。個人的に興味深かったのは、第3章でジョンソン大統領がベトナム戦争を遂行していたとき、当初はインフレーションを恐れていなかったものの、次第にインフレーションに対する懸念を強めるようになり、そのことが戦費の調達の仕方に重大な変化をもたらしたという指摘です。ジョンソンは自分が想像していた以上にインフレーションが進んだため、1967年に増税を試みましたが、議会で激しい抵抗に直面することになり、国民の支持を失うことに繋がりました。最終的にジョンソン政権では戦費を調達するために内債を発行することになり、増税によって調達する資金を最小限に抑えるという政治的な妥協が行われています。ちなみに、ベトナム戦争では1968年に北ベトナム軍が南ベトナムに対して大規模な攻勢を仕掛けており(テト攻勢)、最終的にアメリカ軍は南ベトナム軍と連携して、これを撃退することができましたが、アメリカ国内では反戦運動が高まる契機となっています。著者は、この事例から次のような考察を引き出しています。

「国家が戦争を遂行するとき、軍人として、あるいは戦争を支援する産業の従事者として動員される国民は、ほんの一握りである。戦費調達の方法は、社会を構成するすべての人々と戦争を結ぶただ一つの直接的な繋がりであるかもしれない。戦争が税金、特に直接税によって賄われている場合、あるいは国債キャンペーンを通じて国民の内債で賄われている場合、社会は自らが支払う政策を自覚する。このような手段によって賄われている戦争については、国民が指導者の対外政策の選択について評価し、もし反対するのであれば、その指導者に制裁を課すことが可能である。指導者が貨幣量の増加や国外から資金を調達することで戦争の費用を賄うことを選んだのであれば、国民と戦争の直接的な繋がりが失われる。その結果として、指導者は自分の政策選択を隠すことが可能となり、戦争を遂行する政治的なコストを引き下げることができる。このコストを制御することは、戦争が長期化し、戦時下に特有の忠誠心の高まりをもたらす結集効果(rally-around-the-flag)が低下してきたときに特に重要である」

(p. 117)

ここで指摘されている通り、戦時に国家が資金を調達する方法を知ることで、私たちは戦争遂行能力についてより深い理解を得ることができるようになります。短期戦ではなく、数年にわたる長期戦を想定した場合、国家間の能力を比較するためには軍事的能力だけでなく、財政的能力を十分に考慮していくことが重要だと思います。著者が計量分析で使っているデータがまとめられたファイルを入手できるウェブページも共有しておきます。

関連記事


調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。