論文紹介 中国は本当に台湾を武力で統一するつもりなのか?
中国と台湾は70年以上にわたって本格的な武力紛争を避けてきましたが、これからも両者の間で武力紛争が起こらないとは限りません。中国は「一つの中国」として知られる見解を主張しており、「中華人民共和国が中国で唯一の合法的な政権」であることを理由に台湾を国家として承認しない姿勢を堅持しています。もし台湾が国家として独立することを宣言すれば、中国は武力によって台湾を統一することを辞さないでしょう。
ただ、中国が本気で台湾に侵攻するつもりなのか、疑問を覚える読者もいると思います。そこで、今の状況の危険性を理解するための資料として、スタンフォード大学フリーマン・スポグリ国際研究所の研究員Oriana Skylar Mastro氏が2021年に『フォーリン・アフェアーズ』で掲載した「台湾の誘惑:なぜ中国政府は武力に訴えるかもしれないのか(The Taiwan: Temptation Why Beijing Might Resort to Force)」の内容の一部を紹介してみようと思います。
著者は中国が台湾に侵攻するシナリオの現実性を疑う人々がいることに理解を示しています。確かに、過去の中国と台湾の関係でそのような事態は起きませんでした。しかし、このシナリオは現実のものになりつつあり、事態が急変する恐れがあると著者は主張しています。
習近平は、2019年の演説で統一が中国の夢を実現するための条件であるとして、現在の台湾の政治体制は、中国と台湾の関係を不安定化させる原因であり、次世代に持続させることはできないと明言しました。厳格な期日を設定しているわけではありませんが、習近平は台湾を中国の一部として統一することを具体的な課題と捉えており、その実現を自らの業績とすることに意欲を持っていると著者は述べています。
2020年に台湾では対中関係の強化に慎重な姿勢をとる蔡英文総統が再選されました。このため、中国では台湾が進んで統一に応じる可能性は遠のいたという考えています。2020年には香港で新たな法令が制定され、その自治権を厳しく制限したことから、台湾の内部でも中国に統一された場合、台湾の民主主義を存続させることは不可能だとの警戒が高まり、両者の関係は悪化しています。
中国が台湾の周辺で軍事活動を拡大させていることも見過ごせません。習近平は保守的な軍人の不満を抑え込み、水陸両用作戦、ミサイル打撃戦、海上封鎖、サイバー戦などを組み合わせて遂行する能力の開発に取り組んできました。公営のメディアは台湾侵攻を支持する人々が少数ではないことを宣伝しており、中国共産党中央委員会の機関紙『環球時報』では、70%の人が武力統一を支持していること、37%が3年から5年の後に戦争を始めることが最も有利であると考えていることが報じられました。
もちろん、中国の決意がどれほど固かったとしても、戦争を引き起こすことと、台湾を軍事占領できるかどうかは別の問題です。著者は、この問題を考察する際、中国軍が4種類の作戦構想を準備している点に注目することを提案しています。
1 台湾の軍事的能力を低下させることを目的とした航空機とミサイルを組み合わせた打撃作戦
2 航空機やサイバー戦など、あらゆる手段を用いた台湾の封鎖作戦
3 台湾の周辺に展開しているアメリカ軍に対するミサイル、航空機による打撃で台湾の支援を遮断する阻止作戦
4 台湾の離島と本島に対する着上陸作戦
中国が打撃作戦、封鎖作戦、阻止作戦を実行できることに関してはほとんど異論がありません。台湾の防空システムで中国のミサイル打撃を食い止めることは困難であり、台湾の重要な施設、特にエネルギーの輸入やインターネットへの接続を妨げ、封鎖作戦によって孤立を永続化させることが可能です。中国に対して台湾が航空優勢、海上優勢を獲得することは極めて困難であろうと思われます。ただし、最後の着上陸作戦に関して中国が実行できるかどうか疑問が残ります。
この点に関して著者は自身の分析ではなく、専門家の分析を参照しています。アメリカのインド太平洋軍司令官フィリップ・デビッドソンは2020年の状況見積で、中国が6年以内に台湾侵攻を成功させる能力を獲得すると予測していますが、他の専門家は2030年から2035年まで時間を要すると予測しています。中国は台湾に侵攻した場合に予想されるアメリカとの軍事的対立を切り抜けることについて自信を深めているとも著者は述べています。2021年4月に『環球時報』では、武力で台湾を統一することは可能であり、台湾軍に勝ち目はないとコメントした軍事専門家の記事が掲載されています。
著者は中国軍が台湾の周囲で演習を繰り返すほど、中国が本当に台湾へ侵攻するタイミングを予測することが難しくなるとも指摘しており、軍事演習の常態化に注意する必要があると述べています。中国は武力統一に踏み切る前に、時間をかけて緊張を高めることも予想されており、それによってアメリカの出方を慎重に探るとも予想されています。もしアメリカが台湾の防衛を支援するつもりがないと判断したならば、中国軍としてはアメリカ軍を叩くことに利点がなくなるため、そのような行動を思いとどまるでしょうが、アメリカ軍がどのような場合であっても介入するのであれば、短期間で急激に事態をエスカレートさせると考えられます。このような場合、戦争は大きく広がり中国は莫大な戦費を支払うことになるでしょう。
著者は、その費用の大きさから中国の指導者が台湾侵攻を思いとどまるという見方があることを認めています。しかし、それは一面的な見方であり、中国軍がすでにアメリカが介入する状況を想定した上で台湾侵攻を計画していると指摘しています。つまり、アメリカが介入するからといって、中国は台湾の統一をあきらめるわけではありません。アメリカでは戦略的曖昧さを見直し、台湾の防衛を断固として支援する姿勢をとることが抑止に繋がるという議論も出ていますが、著者はそもそも中国はアメリカとの軍事的対決を覚悟した上で台湾侵攻の準備を進めている以上、中国の抑止は困難だと批判しています。抑止の強化よりも重要なことは防衛を充実させることであり、台湾の周囲に航空戦力を配置し、中国軍の水陸両用作戦や航空作戦に対抗し得る態勢を構築することであるというのが著者の主張です。
論文の最後を著者はこのように締めくくっています。
「アメリカが台湾の安全を確保する唯一の方法は、中国の侵略を不可能にするか、中国の指導者に武力行使が自らを破滅させることを納得させることである。しかし、この25年にわたって、中国はアメリカがどちらの手も打てないようにしてきた。台湾にとっては不幸なことだが、今になってアメリカはようやく新たな現実に目を覚ましつつある」
中国に台湾侵攻を諦めさせることは困難であるという著者の見解は、必ずしもこれ以上の外交的努力が不要であるということを意味するわけではありません。しかし、中国の指導部が台湾の問題で強硬な姿勢を軟化させる可能性は低い以上、台湾侵攻の軍事的成功の見通しを悪化させる努力が重要になるでしょう。