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感情に囚われる指導者の外交を分析したEmotional Choices(2018)の紹介

政治学では軍事的に劣勢な国家の指導者は、外交交渉により不利な立場を受け入れざるを得なくなると考えられていますが、それは外交交渉が決裂し、戦争状態に移行したときに支払わなければならないコストが、相手国よりも大きくなると予想されるためです。

しかし、現実の世界では軍事的に極めて不利な状態であるにもかかわらず、頑なに譲歩しようとしない指導者も存在します。これは国家の指導者の政策選択を説明する上で「合理的選択アプローチ」に限界があることを示しています。この課題に取り組むために、近年では心理学的な知見に依拠して政治家の意思決定を説明すべきだと主張する研究者が出てきています。Robin Markwica氏もその一人です。

Markwica, R. (2018). Emotional Choices: How the Logic of Affect Shapes Coercive Diplomacy. Oxford: Oxford University Press.

彼の『感情的選択(Emotional Choice)』(2018)は、国際的な危機が発生したときに、各国の指導者がどのような交渉行動を選択するのかを説明するためには、指導者の感情を理解することが重要であると主張した興味深い著作です。この研究で目指されているのは、自国より強大な国家から武力を用いた威嚇を受けた国家の指導者がどのような場合に抵抗するのか(あるいは、どのような場合に屈服するのか)を明らかにすることです。この課題に取り組む上で著者は「感情的選択アプローチ」を使用することを提案しています。

感情が私たちの日々の決定に重大な影響を及ぼしていることは明らかですが、国家の指導者の感情が対外政策、特に外交交渉に与える影響については十分に理解されていません。このような視点が従来の研究で欠落していたことは、第2章で著者がまとめた詳細な文献調査の結果からも裏付けられます。著者は、数が少ないものの、感情に注目する研究があったことを指摘しており、例えば1970年代にロバート・ジャーヴィスが指導者の情報処理を歪めるイメージを分析したことが取り上げられています。しかし、全体として見れば、感情が指導者の政策決定に及ぼす影響についてはまだ不明な点が多いのが現状です。

まず、著者は感情が人間の意思決定過程、つまり何を好ましい目標だと見なすのか、どのように状況を判断するのか、どのような行動方針を選択するのかに関して、感情が絶え間なく影響を及ぼしていると説明しています。感情の種類によって、意思決定過程に及ぼす影響はさまざまに異なるはずであるため、感情の種類を識別しなければなりません。そこで著者は感情の評価理論(appraisal theory)を導入しています。感情の評価理論は心理学の文献では認知的評価理論とも呼ばれることがある理論であり、代表的な文献としてはアメリカの心理学者のRichard Lazarusの『感情と受容(Emotion and Adaptation)』(1991)が挙げられます。この研究成果を踏まえ、Jennifer LernerとDacher Keltnerなどの心理学者が特定の感情が思考の内容や過程を一定の方向に導く効果があることを解明してきました。この効果を感情の評価傾向(appraisal tendencies)と呼びます。

例を挙げると、ある環境に置かれたときに、怒りを覚えた個人は、どこかの誰かが悪いと考える傾向が強まり、そのことを示唆する情報を積極的に受け入れるようになります。しかし、同じ状況でも悲しみを感じた個人は誰かが悪いと考えるよりも、状況が悪いと考える傾向が強まるため、そのことを示唆する情報を受け入れやすくなります。また、行動方針を選択する際にも評価傾向が影響を及ぼすと考えられています。悲しみを覚えた個人はハイリスク・ハイリターンの行動方針を好む傾向が強化されますが、不安を覚えるとリスクを可能な限り避けるローリスク・ローリターンの行動方針を好むようになります。感情は種類によって異なる評価傾向を持つので、それが意思決定の違いとして現れると考えられます。

著者は、このような理論に基づき、武力を背景とした強制外交の場面において、特に政治的に重要な影響をもたらす5種類の感情を特定しました。一つ目の感情は恐れ(fear)であり、「差し迫った具体的な身体的、心理的な脅威を感じ、それに対処できるかどうかが心配になったときに発生する嫌悪的な感情」だと定義されています(p. 73)。心理実験によれば、恐れは危険に対して過敏な状態を引き起こします。これによって、脅威を識別する能力が高まりますが、同時により感情的な状態になる側面もあり、恐怖のスパイラルに陥ることがあります。強い恐怖を覚えた個人は既知の手順に固執する傾向があることが分かっており、複雑な認知活動を抑制し、新しいアイディアに対して閉鎖的になることも知られています。

二つ目の感情は怒り(anger)です。怒りは「自分が目標を達成することを誰かが妨げていると評価したとき、誰かを不快だと感じたとき、あるいは誰かが重要な規範に違反していると考えたときに生起する」とされています(pp. 74-5)。怒りを発生させる刺激として重要なのは攻撃性の知覚ですが、他者が規範に違反したという認知を形成しているかどうかは文脈に依存する部分が大きいため、分析対象の個人がどのような信念、規範、価値観を保有しているかをよく考慮する必要があるとも指摘されています。怒りの評価傾向として重要なのは、状況をコントロールする能力に対して自信を深めるようになるということです。怒りは将来の見通しを楽観するような認知を誘導し、潜在的な不利益を過小に評価するようになります。実験で明らかになっているのは、怒りを感じた個人は対話の場でも議論の内容にあまり注意を払わなくなるということです。行動の傾向として目の前の障害を取り除き、あるいは規範に違反した人物を懲罰しようとすることが指摘されています。ただし、怒りが必ずしも攻撃行動、暴力行使に繋がるとは限らず、あくまでもきっかけを作り出すにすぎません。

三つ目の感情は希望(hope)です。希望を感情と捉える視点には少し違和感があるかもしれませんが、著者はこれを「価値ある目標を達成したいという願望と、その達成が自身の努力の結果として、あるいは自分の統制が及ばない外部の力によって可能になるという信念から生起される」感情と位置付けています(p. 77)。この感情が他の感情に比べてユニークなのは、認知的な要素が特に強いという点で、楽観主義と深い関係にあります。この感情が弱まるほど、最終的な結果が否定的なものになるかもしれないという不安感を感じやすくなると考えられます。希望には、個人は目標の達成が困難あるいは不可能であることを示唆する情報を受け入れにくくする評価傾向があり、成功の確率を過大に評価する評価傾向があると考えられています。したがって、これは非現実的な成功を追求しようとする決定を後押しする感情だといえるでしょう。

四つ目の感情は誇り(pride)です。著者は誇りに関して別の心理学者の説を引用していますが、一般に社会的に評価されるにふさわしい人物であるという信念から生起する感情だと説明しています(p. 79)。これは必ずしも自分自身の業績達成を必要としません。自分と身近な家族、集団、あるいは国家の成功であったとしても、誇りが生起される場合があるためです。この感情の評価傾向で注目すべきは、自分の集団が相手の集団より強いと見なす傾向をもたらすことです。例えば、ある問題を見事に解決し、誇りを感じるように誘導された個人は、その後の同じような問題に粘り強く取り組もうとする傾向が強まります。また、自分を無謬の存在だと見なす傾向が強まり、自分を過信し、自分が他者より優れていると信じやすくなります。この感情体験には強い快楽があり、人々は意識的、あるいは無意識的にこの感情を強化するような行動を起こすようになります。自分に異を唱える人物に対して罵詈雑言を浴びせる場合があることも、この感情の評価傾向の興味深い特徴です。

最後の感情が屈辱(humiliation)です。屈辱は「自身の自尊心を傷つけるような方法で貶められ、見下されたと認知することによって引き起こされる苦痛な経験」であり、著者は当事者にその意図がなかったとしても、受け手が屈辱を感じる場合があると述べています(p. 81)。例えば、屈辱は言語による侮辱によって引き起こされる場合もありますが、無視されたと感じるときに引き起こされる場合があります。研究倫理上の制約から、研究者は、屈辱を感じさせるような実験を行っていませんが、屈辱的な経験に関する記憶は残りやすく、長期にわたって行動を変容させる場合があることが分かっています。また、屈辱の評価傾向として、抵抗する能力があり、また自分が卑下されたことが不当であるという感覚が強くなるほど、屈辱を感じた個人は攻撃的になる傾向があります。しかし、自分が卑下されたことが正当であるという感覚が強くなると、引き下がる可能性が高くなるとも説明されています。

以上が感情的選択アプローチの前提となる感情の類型であり、指導者の感情が政策の選択に影響を及ぼしていると考えられていますが、その実証には多くの課題があります。著者は実証の方法として定性的な事例分析を選択し、キューバ危機におけるニキータ・フルシチョフと、湾岸戦争におけるサダム・フセインの感情分析を行いました。この二つの事例で取り上げられた指導者は、いずれも権威主義体制の下で国家を支配しており、また回顧録、インタビュー、史料などを利用することが可能です。著者は、これらの事例における指導者2人の意思決定をそれぞれ8つの意思決定に細分化した上で、その半数が感情による評価傾向により導き出されていたと判定しました。

この事例分析の内容に関しては妥当かどうか判断が難しい部分も見受けられますが、それは事後的に作成されたものであり、一国の指導者の感情の推移を正確に捉えることが難しいことに由来しているように思います。この点に関しては、著者自身も課題が残されていることを認めています。そうした限界は残るものの、フルシチョフが核戦争を強く恐れていたことがアメリカとの外交を促進したことや、フセインが強い自尊心、つまり誇りに囚われたために、自らが指導するイラク軍の欠陥を軽視していたことや、クウェートを手放そうとしなかったという著者の解釈には一定の説得力があり、有意義な研究成果だと思いました。

結論において、著者は標的国が費用対効果に基づいて政策を選択していると想定して実施された強制外交は、感情という政策決定のもう一つの重要な基盤を見落とすことになるだろうと警告しています (p. 271)。つまり、他国の指導者を圧迫し、何らかの外交的な譲歩を引き出そうとする場合、なぜ服従しなければならないのかを明確に説明できる必要があります。その際には、相手に屈辱を与えることを避け、また怒りや誇りを刺激しないように十分な注意を払うことが有効だと著者は助言しています(p. 265)。交渉において相手から譲歩を引き出そうとする際に、やみくもに威嚇に頼ることはかえってこうした感情を刺激することになってしまうと考えられるためです。

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