童話:鳩とドーナツ
1、
学校に行きたくないな。
そう思っていた清はドーナツ屋に向かっていました。
ドーナツは、オールドファッション、クリームドーナツ、もちもちリング、抹茶ドーナツ、富士山ドーナツ、粉雪ドーナツ、ジェリードーナツたくさん種類がありました。
清は迷わずチョコオールドファッションを一つ買いました。
理由は特にありません。
これを食べれば元気が出るかもしれない。
嫌な学校に行けるかもしれない。
そう思ってなんとなく目についたチョコオールドファッションを買ったのです。
清はチョコオールドファッションを空晴れ渡る中、公園のベンチで、もそもそ食べていました。
すると清の前に鳩が飛んできました。
鳩はドーナツを食べたいようです。
鳩はそんなに好きではありません。
お母さんの車によく鳩が白い糞をしてお母さんを困らしていましたし、白い糞といえば鎌倉に遠足に行った時も糞を頭にかけられていじめられた子がいました。
清はいやだなあと思いました。
突然鳩がカバンの上に乗ってきました。
「わあっ」
思わずのけぞるとドーナツのカスがぽろっと落ちました。
鳩がカバンからすばやく降りてカスを食べました。
すると鳩たちがどんどんやってきました。
くるわくるわ。わらわらと鳩たちが群がってきます。
こわくなってきた清はその場から逃げました。
すると鳩たちが追っていきます!
清は必死に走って逃げました。
でも鳩たちには翼があります。
鳩たちは飛んできて清を囲み、清の肩やら手やら足やらにくっつきました。
清はすっかり鳩まみれになりました。
清は声も出ず、ただただなすがままでした。
そこに急に煙草のにおいがぷんとしてきたかと思うと鳩たちは全員去っていきました。
清はぽかんとしていました。
そこには煙草を吹かしているおじさんがいました。
2、
おじさんはニタっと笑いました。
清も思わずニタっと笑いました。
「おう、少年。そのドーナツ俺にくれよ」
おじさんは言いました。
清はつい、いいよと言いドーナツをおじさんに差し出しました。
おじさんはヒョコヒョコ清の前にやってくると煙草を片手にドーナツをヒョイっと取って食べました。
でも食べてる口の中に一瞬クチバシが見えたような気が清はしたのですが……。
「ハハハ!見られたか!私も実は鳥なんだよ。いや鳥でもないが。もっとも私は鳩ではないが」
清は「人間でも鳩でも鳥でもないならなんですか?」とたずねました。
「天狗の成れの果てさ」
「天狗?」
おじさんはまた煙草をプーっと吸い言いました。
「俺のことはカラスと言って構わない。お前の名はなんだ?」
「僕は清と言います」
「清か。それにしても」
カラスはニヤニヤ笑いました。
「清その格好どうするんだ?」
清は自分の姿を見ました。
鳩の糞だらけです。
「俺の家においで。熱いシャワーを貸そう」
そう言ってカラスはヒョコヒョコ歩き始めました。
清は慌ててついていきました。
3、
清はカラスの後を追って川沿いを山の方に向かって歩いていました。
どんどん山に近づいていくので清はだんだん不安になっていきました。
でも道の途中鳥の、それこそ鳩の視線を感じることはあっても人の視線は全く感じなかったのが不思議でした。
まるで自分が透明人間になってしまったような……清はそう思いました。
ずいぶん川を登ってきたような気がします。
あたりも薄暗く音もなにもしません。
と、突然、
「着いたぞここが俺の家だ」
「え?」
清にはどう見ても小さな祠にしか見えません。
「ちゃかさないでください。これは家じゃないです」
カラスは清の言葉を無視して煙草をモクモクしながら祠に向かっていきます。
すると祠の扉が自動ドアのようにウイーンと開きカラスは扉の向こうに足を突っ込みました。
カラスの体はゆっくり呑まれるようにズルズルと吸い込まれていきました。
「さあ来い!俺と同じように足を突っ込め!」
清はカラスの体が祠に呑まれるとちょっとあたふたしました。
「来い!早くしないと祠が閉まるぞ!」
清はハッとして意を決して祠に足を突っ込みました。
清はズブズブと祠に呑まれていきました。
静かに目を開けるとそこはでかい鳥の巣の中のようでした。
巣の奥は真っ暗でなにも見えません。
「おおい早くこっち来い」
奥からカラスの声が聞こえてきます。
カラスの言う通り恐る恐る巣の奥へ向かっていくと巣が後から後から静かに燃えていきます。
もう後には引けません。
清は燃える炎に責め立てられるように奥へ奥へ歩いていきました。
突然ドアにぶち当たりました。
清がドアノブをひねって開けるとそこにはこたつに入ったカラスがいました。
「ようこそ」
中に入ってドアを閉めるとドアが消えました。
「これは罠ですか?」
清は言いました。
カラスはキョトンとしています。
「僕を帰さないつもりですか?」
カラスは笑いました。
「お前そんなこと言う前にまずその糞だらけの体をどうにかしろよ。シャワーはあっちだ」
清はたじろぎました。
「まさかとって食おうというわけではないからな。さあとっととシャワー浴びろ!」
清はシャワーを浴びました。
4、
シャワーを浴びた清は、脱衣所に用意されていた星が散りばめられた模様のワイシャツとズボンに着替えると、カラスのもとへ向かいました。
「よく似合っている。星の子のようだな。さあこたつに入れ」
清はこたつに入ってカラスに言いました。
「あのう……ありがとうございます。でも本当に僕は罠にかかっていないんですか?」
カラスは煙草を吸いながら言いました。
「罠にかけるつもりならシャワーなんか浴びさせないさ」
「でも……宮沢賢治の話にあるじゃないですか。綺麗にして食べようって」
「ここは料理店じゃないぜ」
「……」
ぐうの音も出ませんでした。
「俺は煙草とおこぼれの食い物さえあれば十分なのさ」
カラスはニタっと笑いました。
清はカラスのこのニタっという笑いに弱く思わず自分もニタっと笑ってしまいます。
「しかし清よお前なんで学校に行かずにあんな所でドーナツ食ってたんだ?」
カラスはニタニタ笑っていましたが清は今度は笑えませんでした。
「僕は……僕は学校でいじめられているんです」
「ほう」
「机とか教科書に落書きされたり、あいつ臭いよなっていちゃもんつけられたり、わけもわからず、ち……ちんこマンって言われたり」
「ふん」
「つらくてつらくて……」
「先生には言ったのか?」
「言ったら奴らに殺される!」
「殺されるなんてそんな」
「だって言ったら殺すぞって脅されてるから」
「ふん。親には言ったのか」
清は黙りこくってしまいました。
「どうした?」
「お父さんは僕が小さい頃離婚して出て行って……お母さんはだから仕事で忙しくていつもあまり家にいなくて」
ここで清はハッとしました。いくら助けてくれた恩人といえ見知らぬ怪しい人にここまで言ってしまってよかったものかと。
「言ってもいいさ。つらいことは吐き出せ」
カラスは清の心を見透かすように言いながら湯呑みにお茶を淹れて清に差し出しました。
涙ぐんでいた清はお茶をぐっと飲みました。
「んぐうっ」
清はお茶のあまりのまずさに悶えました。
「うわなんだこれ酸っぱい!」
「拾ってきたたちばなを搾って入れたんだが……まずかったかな」
「まずいよ!」
カラスは笑いながら煙草をぷーっと吹きました。
「悪かったよ。お詫びに飯をつくってやろう」
カラスはこたつの中から天狗のお面を取り出して被るとこたつをひっくり返しました。ひっくり返ったそこは台所になっていました。
食材らしきものがウヨウヨうごめいています。
よく見ると、コショウ、塩、醤油、牛脂、小さななにかの卵、アメリカザリガニと並んでいます。
カラスはアメリカザリガニをザーッと水の入った鍋に入れ火をつけて茹で始めました。
「ちょっと壁の柱時計を見ててくれ」
清は壁の柱時計を見ました。
時計の針はちょうど19時を指しています。
「もう帰らなきゃ!」
「大丈夫だその時計はだいぶ狂っているから」
カラスはというと大量の塩と牛脂を鍋に突っ込み卵を割って醤油をバーっと垂らしました。
「雀の卵がコクになるんだよなあ」
清は思わずイーッとなりました。
しばらく鍋をぐるぐるかき混ぜていたカラスは言いました。
「清、今何分だ」
「今?今は19時5分だよ」
「ちょうどいい」
カラスは鍋のものをさっと上げ台所を蹴飛ばすとお皿の置いてあるテーブルになったそこにドサっと鍋のものを置きました。
「塩茹でザリガニの煮物だ。食え」
ごちゃごちゃと置かれたザリガニは真っ赤ですが茹って余計に真っ赤になっているような気がしました。
イーッと清は引きました。
「はじめて見るか?ザリガニは美味いぞ。さあ遠慮なく食え」
清はええいままよとテーブルにつくと一気にザリガニにかぶりつきました。
「どうだ?」
「……美味しい」
「そうか!美味いか。ちゃんと泥抜きをしたからな。牛脂と雀の卵が隠し味でな。さあ食え食え。コショウもあるぞ」
清とカラスはザリガニの塩茹でをバリバリモリモリ食べました。
5、
食べ終わってこたつが出てくると天狗の面を外して中に入れてカラスは煙草を吸いました。
そしてどこからか御神酒徳利を出してきて飲みます。
「それお供物の」
「ああ。俺の祠の近くの神社から盗んできた。呑むか?」
清は首を横に振りました。
「じゃあ吸うか?」
カラスは煙草を差し出してきました。
清は首を横に振りました。
「模範的な優等生だな」
カラスは煙草をプーっと吸います。
「お前いじめられていたんだっけ?」
清は黙っています。
「いじめっていうのはな、誰もがするものさ」
「誰かをいじめない奴はこの世にいないんだ」
「僕は誰もいじめていません」
「本当か?」
カラスが目をギョロリとしました。
「俺には鳩のあいつらをいじめていたように見えたがな」
「え?」
「自分だけがドーナツを食べたいばかりに、よってきた鳩に一欠片もあげようとしなかった、お前は姑息だ」
「それは……鳩の方が勝手によってきたから」
「言い訳だ。だがイヤな気持ちもわかる。誰もが汚い鳩がよってきたらエサをくれてやるという訳にもいかないしな」
「……」
「だがなあの鳩が散々死にそうなぐらい腹空かしていていたとわかったらお前はどうしていた?」
「ドーナツをあげていた」
「だがお前は鳩の気持ちなんてわからなかった。わかるわけがない。言ってくれなかったからな。当たり前だが言ってくれなければわからないこともある」
「……」
「なあ清よ。人っていうものはけっこう残酷なものなんだぜ。誰かをいじめていたり殺していることも自分では案外よくわからないものだぜ」
時計がボーンとなりました。21時をさしています。
「人と人はな、いじめあってできているんだ。……だからこそお前は人をいじめるな」
「でも」
「でも?」
「いじめられている今はどうすればいいの?」
「放っておけ。いつかいじめている奴らは必ず飽きる」
「耐えられないんだよ」
「ならとっととどんな手と足を使ってでもいいから逃げろ。それだけだ」
ドンドン!
ドアを激しく叩く音が聞こえてきました。
「奴さんお出ましだな」
カラスはニタっと笑いました。
6、
カラスがドアに向かって入れと怒鳴ると、そこに現れたのは紳士服に身を包んだ鳩でした。
「ハトマン!よくぞお越しくださった」
「よくぞではない!我々鳩平和ポッポ連合は困っておりますぞ!」
ハトマンと呼ばれたその紳士は早口で捲し立てるように言いました。
「奴の胸を注意して見ろ。正真正銘の鳩胸だ」
カラスは清にこっそり言いました。
「我々鳩平和ポッポ連合は君たち二人、カラスことカラス天狗と清こと真壁清を平和の秩序を乱したとして……」
清はカラスとともにハトマンの胸を見ているとおかしいぐらいに彼の胸が膨らんでいくのがわかりました。
清とカラスは思わず吹き出しました。
「クルックー平和法第26条違法の……な、なんだ。なにがおかしい」
「だって……だって鳩胸が……クックック」
「清おかしいよなあ。俺もいつも笑っちまうんだよ。アハハハ!」
「ポー!!!」
「アハハ汽車じゃあるまいし」
「ムキー!!!」
「アハハ猿じゃあるまいし」
「どう怒ればいいんだ!」
「怒らなければいいんじゃないか?」
清とカラスは笑い転げています。
ハトマンは怒りに震えています。
「許さん!クルックー!!」
ドアからたくさんの白い鳩たちが入ってきました。
清はうわっと言う間もなく鳩に埋もれました。そしてたくさんの鳩に頭やら足やらを突かれました。
でも遠くでカラスの高笑いが聞こえていました。
7、
「俺のすみかであんまり勝手なことするなよな」
カラスは口に咥えていた煙草から火を放って鳩たちを一気に焼きました。
「ポッ、ポー!なんてことを!ああ平和の使者たちが焼き鳥に!」
ハトマンは怒るどころか混乱しています。
「この焼き鳥が平和の使者だって?(そう言って焼き鳥を食うカラス)笑わせらあ。モグモグ。ただの白い鳩じゃねえか。モグモグ。現に見ろ」
そう言って倒れている清の方を指差しました。
「あいつ糞と血だらけだ。お前らに突かれてな。平和の使者はそんなむごいマネするかね。モグモグ」
ハトマンはじっと清を見て憔悴しきった顔で言いました。
「わかりました。たしかに我々も穏やかではなかったようです……でもこの世には法というものがある。あなたたちの犯した罪は許されるものではない。あなた方には罰を受けてもらいますよ」
「勝手にしやがれ」
「……では失礼」
ハトマンは胸をしぼめてフラフラと帰っていきました。
カラスは焼き鳥を頬張りながら清のもとへ向かい、清をどっこいと担いで風呂場へと行きました。
8、
清が目覚めるとベッドに横たわっていました。
服はもう乾いたのでしょう。ここに来た時の学生服に戻っています。
カラスがそばに椅子をよせて座っています。
清ははーっと息を出しました。
「煙草吸うか?」
清は首を横に振りました。
「優等生だなあ」
カラスは煙草を咥えて吸いはじめました。
「鳩たちのせいで部屋がめちゃくちゃだ。ついでにここを出てけとのことだ」
「カラスさんはどうするんですか?」
「なあに。ここが住めなくてもどこか適当に住むさ。ただ……お前は俺と会った記憶は忘れてしまう」
「ハトマンのせいで?」
カラスはうなづきました。
「せっかく大事なことを伝えたんだがなあ」
カラスはプーっと煙草を吸いました。
「僕忘れませんよ。大事なことは忘れないってどこかの本に書いてありました」
カラスはニタッと笑いました。
清もニタっとしました。
やっぱりカラスのニタっと笑う顔には弱いようです。
「それは本だけの話さ。所詮忘れるもんだ」
清はしょげました。
「さて立てるか?早くここを出よう。でも一緒には出れないんだ」
清は立ってカラスとドアの方まで行くとドアノブに手をかけましたが急に振り返ってカラスに抱きつきました。
カラスは少し戸惑いました。
「忘れません……!」
カラスは泣いている清を抱きしめ返しました。
「わかったわかった。お前はいい子だ。忘れないさ」
9、
清は山を降り家に戻りました。
家ではお母さんが清はどこへ行ったと心配していましたが元気な清を見ると清を抱きしめました。
お母さんは言いました。
「何かあったの?」
清は学校に元気よく行くようになりました。
清は洗いざらい学校であったことをお母さんに打ち明けたのです。それを聞いたお母さんが先生と相談しました。先生は学級会を緊急に開きいじめはなくなりました。
最初からそうすれば良かったのです。でも清は勇気がなかったので自分からは言えなかったのです。
今はもっと早くから言えば良かったと清は思っています。
友達もできました。その友達もいじめられていた子だったのですが学級会で清とともに声を上げてからすっかり清と仲良くなりました。
清は学校の帰りに友達とドーナツ屋に行きました。買ったのはチョコオールドファッションでした。
公園で友達とドーナツを食べていると鳩がよってきました。
友達は嫌がっていました。なにせ遠足の鎌倉で鳩に糞をかけられたことがあるからです。
でも清は鳩に何気なくドーナツをちょっとあげました。
清はふとなにかを思い出しかけました。
でもすぐに忘れました。
それを遠くで知らないおじさんが煙草を吸いながら見ています。
おじさんはニタっと笑いました。
思わずこちらもニタっと笑いかけると友達が慌ててやめなよと言いました。
清は友達に急かされて公園をさっさと去ることにしました。
おじさんはちょっとさびしそうでした。
清はどうしてあのおじさんとニタっと笑いそうになったかわかりませんでした。
おわり
あとがき
この童話は私が書いた『詩:ドーナツと鳩』を基に話を膨らまして書いたものです。
『詩:ドーナツと鳩』は自分の実体験を基にして書いた詩でした。この物語の、公園でドーナツを食べていたら鳩に追いかけられるまでのくだりも実体験が基です。
特に話の方向性を決めず徒然なるままに話を書いていったので行き当たりばったりなところもありますし、本当はもっと長い話にしたかったのですがここまででした。
鳩とドーナツの可愛らしい画像は詩を書いた時にnoterさんのきのこさんが描いてくださったものを使わせてもらいました。
改めてありがとうございます。
ここまで読んでくださった皆様ありがとうございました。