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「おいしいごはんが食べられますように」を読んで、カレーを作る。

最近、「居心地の悪さ」に注目している。この感性を作品に活かすというのは日本人が備え持ったクリエイティビティじゃないだろうか。

最初にこれを感じたのは濱口竜介監督(「ドライブ・マイ・カー」で米アカデミー賞受賞)の「偶然と想像」だ。三本の短編作品。

元カレと付き合う友人を持つ元カノ、教授と生徒とその愛人、20年ぶりに再会してるはずの友人、どれも丁寧に丁寧に、いじわるだったり、いやらしかったり、噛み合わなくなったりして目が離せない。居心地の悪い空間を作っていくのが本当に見事だ。そこには傍観者だからゆえの笑いとスリルがある。愉快に感じながらも、心のどこかで、もしも自分だったら……と恐々とするのだ。最後は「何を見せられているの?」までに達する演出に感動を覚えた。

テニスコート神谷圭介さんが主宰を務める「画餅」の第一回舞台「サムバディ」もそうだった。こちらも三本の短編。その中でも「お寿司食べ行く」は、設定がとてもおかしくて、居心地が悪い。ハラハラしながら大爆笑してしまう大傑作だった。後で神谷さんに直接聞いたが、やはり「偶然と想像」に影響を受けて脚本を書いた部分もあったらしい。ああいう変換ができちゃうのが超がつく才能。画餅の第二回は2023年1月にもあるのでそちらも楽しみである。

「画餅」第二回公演『ホリディ』は2023/1/19(木) 〜 2023/1/22日)です。


さて、本題の「おいしいごはんが食べられますように」だが、高瀬隼子さんの作品で第167回芥川賞受賞。帯には「心のざわつきが止まらない。最高に不穏な傑作職場小説!」とある。

僕はSNSで友人が「ホラーみたいな薄気味悪さ」と紹介していて興味を持った。想定のデザインも作品名も、その感想とあまりにも掛け離れているからだ。よく考えれば帯の「ざわつき」とか「不穏」もデザインに合った言葉ではない。「MIDSOMMER(ミッドサマー)」の匂いがする。こういうチグハグは好物だ。結果、もう最高に居心地が悪くて面白かった。

ネタバレにならない程度にお伝えすると、主な登場人物は三人で、その内の二人の主観となる群像劇。埼玉にある食品・飲料パッケージ製作会社の支店が舞台で、随所で食べることへの観念の違いがフックになり、事件のエンデイングへと進んでいく。

■二谷さん
順調に仕事ができて頼りにされがちな男性。惹かれるタイプ、というよりは嗜好として繊細でか弱いがそれを天然で権利にすり替える女性が好き。職場の芦川さんが気になっている。丁寧な食事や生活という観念に歪みがある。

■芦川さん
食は生活の基本と捉えてる。料理とお菓子作りが得意。空気が読めず、仕事ができない。身体が弱くて大事な仕事の時ほど休む。まわりはサポートする前提で動く。そこに罪悪感は無く、自分もそれでいいと思っている。

■押尾さん
学生の頃から何事にも熱心で真面目。中途半端ができない。仕事ができて男性社会でも対等に渡り合う気概を持った女性。二谷さんの後輩で、二谷さんのことは先輩としても好き。抜けてる芦川さんが嫌い。

この設定だけでもすごくいいが、わりと早い段階でこの小説の真骨頂的なしたたかなドライブが入る。それは押尾さんのこのセリフだ。

「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」

「おいしいごはんた食べられますように」講談社

この小説は会社で起こりうるハラスメント全般の扱いが非常に巧みなので「いじわる」というパワーワードが後半にむちゃくちゃ効いてくる。

この後、二谷さんと芦川さんは交際へと進むのだが、そこからの注目は秘密の社内恋愛ではなく、二谷さんの歪みと、芦川さんの盛大な空回りと、押尾さんのなんで私の方が間違ってのよって怒りがねっとりと交錯していく。

後半は居心地の悪さが、さらに加速。芦川さんはお菓子を作って会社で振る舞うようになるのだが、それをきっかけにある事件が起きる。そこからが、もう悲鳴。目も当てられない。ドロドロの産廃みたいな事故を引き受ける押尾さん!まだ続くの!ってなる高瀬ブキミーランド。最後は大爆笑してしまった。それと、美味しいはずのものを不味く書けるセンスが異常。すごい。特にケーキの描写は芸術。

「みんなで食べるごはんは美味しい」は道徳や規範として鎮座しているが、これに疑問を持っている人は是非、読んでみて欲しい。本当におすすめ。

雑な分析ではあるが、この居心地の悪さについては、空気を読む傾向が強い我々日本人にとって、とても感知しやすいもので、それを創造する力にも強みを持っているのかもしれない。これをコンテンツにして加工するというのは産業として成り立つのではないだろうか。

そんなことを考えていたら腹が減った。日常でありつつも独特な本を読んだので、僕もちょっと日常にありそうだけど独特なカレーを作ってみようか。

ということで、七味唐辛子でカレーを作ることにした。僕はスパイスからカレーを作る生業を持っているので、基本は、ターメリック、クミン、コリアンダー、チリペッパーという常識を知っている。

この常識を壊そう。調整役のコリアンダーさんだけは残ってもらって、あとのスパイスさん達には帰ってもらった。後からジャパーニーズガラムマサラこと七味唐辛子さんだけ合流。彼女は唐辛子、山椒、黒胡麻、紫蘇、生姜、陳皮、麻の実で構成されている。

もっと粉々になってほしかったので彼女をミルで挽いた。コリアンダーさんは大さじ1、七味唐辛子さんも大さじ1を使う。

ミルで挽いた七味唐辛子さん

冷静に考えると、七味唐辛子さんをミルで挽くって、僕は何やってんだろ。

鶏肉は胸肉を塩麹液についてマリネして柔らかくした。

胸肉を塩麹液でマリネする

最近、チキンカレーはこの手法にハマっている。もも肉じゃなくてもいいじゃんが僕のマイブーム。タンパク質増えるし、脂減るし、なんてことを考えるくらいだから、僕はもしかしたら、芦川さんよりの人間かもしれない。


七味唐辛子チキンカレー

七味唐辛子チキンカレーは思ったよりも辛くなくて普通に陳皮のフルーティーさと胡麻の香りが良く、美味しくて、ちょっとつまらなかった。



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タケナカリー/竹中直己
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