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キッチンドリンカー主婦、学芸員資格をとって研究者になる

けっきょく私の人生、台所ここに帰着するんかい! 

そうため息をつきながら、料理をしながら台所でしこたまお酒を飲んでいたコロナ禍のわたし。家族に夕食を提供するころには実はもうふわふわで、食後はそのままリビングでうたた寝、そのままブラックアウトしていた。

だからといって誰にとがめられることもない。コロナで仕事はなくなったし、どこに行く予定もない。ていうか行けない。また台所で一日じゅう家族の食事を作るだけ。夫はリモートで仕事、息子は部屋で勉強、娘は部活の楽器練習をしていた。みんなそれぞれに頑張っている。そしてわたしだけが、台所に閉じこめられている。今までいろいろ頑張ってきたのに結局ここかい。やさぐれてまた台所でお酒を飲む。つまりはキッチンドリンカーだ。

あの頃のわたしは、4年後のじぶんがまさか猛勉強をして学芸員の資格を取り、さらに大学院に通って歴史の研究をしているなんて、思ってもみなかった。しかも、苦手だった日本史の研究を! いったい何が起きた?

お酒に踊らされてた

いやこのままじゃあかんやろ

コロナで仕事がゼロになった。

わたしは個人でウェディングドレスをつくる仕事をしていたのだが、コロナで結婚式が挙げられなくなって、ドレスの仕事もなくなった。その頃、リメイクコンテストで最優秀賞を受賞したばかりで、関東のウェディングフェアに招待されることが決まっていた。さらに別の大きな企業でのお仕事の話も進行していた。それらがぜーんぶ消えた。一瞬でシュンっと。

ドレスがつくれないわたしはどこにも属さないただのひと。おまけにその頃8年間いたアトリエを出ることになり、家で階段から落ちて小指を骨折した。もうさ、そうなったら家で飲むしかなくない? やさぐれもするさ。

でもそんな生活をしていたある日、ハッと我にかえる。いや、これじゃあかんやろ、と。

わたしはなんとなく独学を初めてみた。旅が好きだったので最初は英語や世界史、美術史、服飾史に関することを。そのつながりで、美術館や博物館、ミュージアムそのものにも興味を持った。

LONDON(2017)

この時期、コロナで閉館中の国内外の美術館や博物館がバーチャルツアーを行っていた。わたしはワクワクしながら展示室やバックヤードをパソコンの画面上で眺めていた。手袋をはめて貴重な資料を扱う美術館のスタッフに興奮した。白衣姿にわけもなくときめいた。修復とかすごい。研究ってかっこいい。それにどうしてだろう、なんかちょっと悔しい。なんで?

V&A美術館(2017)

コロナがあけたら、いっぱい美術館に行きたい。なんなら働いてみたい。

生活を変えたいと活動するも挫折

わたしは試しに求人情報を探してみた。そして、「ロスジェネ世代、短大卒、資格なし、女性、40代」の厳しい現実に直面する。

そんななか、憧れていたミュージアムの求人を見つけた。わたしは短大卒で、学芸員資格もないから無理だろうなあと思いつつ、かつて学芸員として働いていた友人に相談したら、「応募するだけしてみたら? 情熱が伝わるかもよ。わたしなら採用する!」と言ってくれた。

出してみた。情熱たっぷりのポートフォリオを作って。結果、あっさり玉砕した。でも、本来なら返却されないはずだったポートフォリオが、館から返却されてきた。そこには「特別に返却します」という意味の言葉が添えてあった。もしかすると、情熱だけは伝わったのかもしれない。わたしはそれを、「情熱は捨てないでください」というメッセージだと受け止めた。

そして、学芸員資格を取ることを決意した。

学芸員資格を取るには

学芸員資格を取るためには、大学で博物館学芸員資格過程の科目を履修し、卒業と同時に資格を取得する方法があるようだった。

大学だ。とにかく大学を卒業して学位を取らなくては。そして2021年春、わたしは学芸員資格の取れる通信制大学の文芸コースに入学した。3年次編入というかたちなので、最短で2年で卒業することができる。

通信制大学に入学

博物館学芸員資格課程に必要な科目は以下の通り。

「博物館概論」「博物館資料論」「博物館生涯学習論」「博物館経営論」「博物館資料保存論」「博物館展示論」「博物館教育論」「博物館情報メディア論」これらの科目と、博物館実習を受けることが必須だ。

さらに芸術・美術に関する科目、民俗学、考古学、哲学などの科目も履修する必要がある。

これにプラス、学部(文芸コース)のほうの科目もある。卒業論文(創作)もある。めちゃくちゃ大変だ。できんのか? わたし。

そのうえ入学したとたん、なんとウェディングの仕事がまた忙しくなってきた。ありがたい、とってもありがたいことなんだけど、勉強とどう両立すればいいのか。

そこでわたしはまず、習慣を変えてみた。

  1. 飲酒をやめ、ソバーキュリアスになる

  2. 早寝早起きをする

  3. noteで学びの近況をアウトプットする

特に1.は、あっという間に効果が現れた。いままで、いかに多くの「時間」をお酒に奪われていたんだろう。飲まないでいると、わたしに「夜」の時間が生まれた。いままで酔ってうたた寝をしてしまっていた時間が「勉強時間」になった。これはわたしにとってかなり画期的なことだった。

さらに驚いたのは、朝の目覚めも良くなったこと。二日酔いのために午前中は使いものにならない、なんてこともない。お酒を飲まない人って、こんなに体調がよかったのか! と思った。めちゃくちゃ勉強できるやん、と。これはいまも続いている。たまに旅先や年末年始などに飲むことはあるけれど、飲まなくても人生が楽しめるようになった。過去のわたしを知っている人はみんな驚く。「あんなにお酒大好きだったのに」と。いまでも好きだよ。でも飲まなくても大丈夫になった。

2.早寝早起きの習慣は、身についてほんとうによかった。朝は頭がいいからひらめくし、集中力があがる。

3.学びの近況を、noteにあげるようになった。最初に大学について書いたnoteの記事はほんとうにたくさんのひとに読んでもらえた。コメントもたくさんいただいて、こんなにも学びに興味がある人がいるんだな、と思った。

だってさ、わたし最初は家族から反対されてたんだよ。娘からは「お母さんが大学生だなんて恥ずかしい」とも言われたし。大学に通っていることもしばらく周囲に打ち明けられなかった。だからこうしてnote上で応援をしてもらえて、ものすごくうれしかった。いまも、「学び」はとても人気のある記事で、いつもものすごく励まされている。

みなさん、いっしょにがんばりましょうね!

学芸員資格科目のレポートで2回も不合格に

はりきって勉強をし始めたわたしだったけど、最初に出した学芸員資格課程のレポートは、あっさり不合格になった。しかも、書き直して出した2回目のレポートも不合格。え〜? そんなことある? めっちゃショックだった。すごく悲しかった。人格を否定されたわけではないとわかっていても、どこかそんな気持ちになって、ぽろりと泣けてきた。(マジ泣きした)

わたしのレポートは「書きたいことだけ書いていて、問いにちゃんと答えていない」ということだった。心当たりがありすぎるからこそ、めちゃくちゃ凹んだ。わたし論述なんて、無理かも。

この科目、トラウマになって、合格できる気がしない。

同じく学芸員をめざす学友ができた!

もう、学芸員は向いていないんだ、あきらめようかな、と思ったけれど、最初の対面授業の実習を受けてから判断しようと決めた。

その授業で、「学友」ができた。

すごく寒い日に奈良の博物館で実習し、みんなでお昼ご飯を食べた。学問の話を、はじめてリアルにした。学生みたいじゃんわたし。学生か。うれしい。こんなこと話してみたかったんだ。うれしいよおおおう。

みんながいるから、もうちょっと頑張ってみようと思えた。

大人の社会人大学生にだって、学友は必要なのだと、その時に思ったんだ。

「学友」と文楽鑑賞にも行った

博物館に行きまくる

やる気を取り戻したわたしは、とにかく博物館と美術館に行きまくった。ひとつの科目レポートを書くために、最低でも2館の比較が必要なのだけど、その比較する2館を選定するためには、さらにもっとたくさんの館に行く必要がある。課題によっては、書きやすい館や書きにくい館もある。

賢くて要領のいい学生さんは、1〜2館の見学でレポートを一気に3科目分くらい書いていたと聞くけど、壊滅的に要領の悪いわたしにはそれができなかった。

だから、ベタだけど、毎回課題のたびに何館も博物館をまわった。どこか旅に出かけたら、美術館にいく。帰省したら、美術館にいく。なんやゆうたら、美術館にいく。青春18きっぷで博物館に行くためだけの旅もした。家族旅行でも博物館に行こうとして愛想をつかされ、博物館の前でわたしだけ降ろされたこともある。

北海道立北方民族博物館 この館の前で降ろされた

ところであの2回不合格になった科目あったでしょ。それが「博物館概論」なんだけど、けっきょく最後の最後にその科目が残ってしまった。

その科目がトラウマになっていたわたしがやったこと、それは。

「青春18きっぷの普通列車で神戸から北名古屋市まで往復8時間かけて行って博物館を調査し、日帰りで帰ってくる」という挙動。それくらいじぶん(のお尻)を痛めつけないと、あのトラウマは越えられそうになかったから。

名古屋

わたしは長時間乗車のお尻の痛みと引き換えに、「博物館概論」の合格を勝ち取った。痛みなくして得るものなし。No pain, no gain.

「第一回日本博物館協会賞」を受賞した博物館まで行けばなんとかなるだろうと
北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)へ

まさかの履修ミスで実習に行けない?

博物館関連科目8科目すべて合格したら、学外の博物館で博物館実習を受ける権利が与えられる。わたしは冬期にあと3科目履修すれば、学外の博物館に行けるはずだった。わたしは以前ポートフォリオ審査で玉砕したあのミュージアムで、博物館実習を受けてみたかったのだ。

ところが履修の思い違いがあって、結局冬期の科目履修ができず、外部の館の実習は叶わなかった。悲しい。次の期に残りの3科目の単位を取り、学内館の追加募集にすべりこんでなんとかギリギリで実習を受けた。

憧れのミュージアムにわたしはそうとう縁がないみたいだ。でもね、あの時みたいな虚しくてくやしい気持ちには不思議とならなかった。わたしはめちゃくちゃがんばった。できる限りのことをした。だからくやしくないし、嫉妬もない。

じぶんができることをせいいっぱい努力してやりきっていたら、何かをうらやましがるとか、くやしいとか、そういう感情はスッパリなくなるのだとわかった。

みんなSNSとかみて、うらやましいとか、妬ましいとか、そんな気持ちになったらめちゃくちゃ猛勉強して努力したらいいよ。やり切ったら、すがすがしいよ。

この手でつかんだ卒業証書と学芸員資格

そうして、今年の春。2024年3月。わたしは卒業証書と学芸員資格書をゲットした。

2年の予定が3年かかってしまったが、わたしが、わたしの手で、わたしの力で、つかみ取った卒業証書。ものすごくうれしかった。うれしくて泣いた。予想の何倍もうれしかった。

正直ここまでうれしいとは思ってなかった

卒業式の帰り道、たったひとり、通学路にしていた疎水沿いで卒業証書を掲げて写真を撮った。空が青かった。

もっと勉強、いや研究がしたいかも

学芸員資格の学びのなかで、わたしが興味を惹かれたのが、「民俗学」と「歴史」だった。しかも、あんなに海外が好きだったのになぜか日本の歴史に興味を持った。

特に、幕末から明治以降の近代史に惹かれた。いままでの価値観がガラリと変わった時代。そこからもう少し遡り、幕藩体制の時代。旅先での出会いから、この時代についてもっと知りたくなった。

もっと勉強、いや研究がしたい。そう思うようになった。そうしてわたしは大学院に進学した。コースはなぜか歴史・文化遺産領域。

なんでだろう。今だに謎だけど、研究はたのしい。毎日わりと追い込まれてるけど。

「研究者」ですね、と言われる日がくるなんて

研究は思っていた以上に大変だった。思ったようには進まない。やっと糸口が見つかった! と思ったら行き詰まる。その繰り返し。

先日、國學院大學メディアさんにインタビューをしていただいた。その時、「もう研究者ですね!」と言われた。

え、今、わたしのこと、研究者とおっしゃいました?

はい、いただきました! そうですわたしは研究者です。たった今、そう呼ばれたことで、「自称」が外れて、晴れてわたくしは研究者となれました。誰かに呼ばれたら、その名で名乗っていいというのがわたしの持論なのです。なんと都合のよい話。

まあじっさいのところは、まだまだ研究の「け」の字も進んでいないのだけど、楽しみつつ、苦しみつつ、前に進んでいる。

研究者、じつはなってみたかったんだよね。ずっと、憧れていた。星占いの向いてる職業のなかにいつも書いてあった「研究者」に。

4年前のわたしよ、あのとき資格もないのにミュージアムに応募するなんて、そんな身の程知らずの行動をしてくれてありがとう。普通さ、そんなことできないよね。すごいわ。くやしかったけど、でもそのくやしさがあったから、わたしはあきらめずに資格が取れたのだと思う。そして、学びを決意してくれたわたし、努力してくれたわたしもありがとう。

あのときのわたしもあのときのわたしも。みんなみんなありがとう。

みんなで研究しよう。進もう。


これからが楽しみだ。


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