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PV連動報酬型のウェブ記事の運用は可能か
普段私が依頼しているウェブ記事は、1本いくら、1文字いくらのどちらかです。「書く」という行為と、その「内容」に対してお金を払っていることになります(「時間」は正直その人のスキルによるので別だと思っています。この話はまた今度)。
同じような計算方法は、一般的な雑誌でも同様です。雑誌とは文字単価が異なりますが、予算、制作経費、発行部数、実売部数などによっても変わってくるのでしょう(そんなに高い雑誌で書いたことはありませんが)。
ウェブと紙媒体の大きな違いとして、読者の属性や読者数(PV数など)がリアルタイムにわかるという点が挙げられます。なので、読まれたかどうかという「価値」も見える。
そういう仕組みから、PVに連動して(あるいはヒットしたときのボーナスとして)報酬を上げるような仕組みも実際に行われているところもあります。
ただ、自分の担当しているメディアではこれがとても難しい。「PV取れたのならもらって当然だろう」と憤るライターさんの気持ちもわかりますが、ウェブサイトの運営となるとこの変動要素を許容するのが難しいんです。
ウェブコンテンツは結局、予算とスケジュールありきの日刊紙
たとえば、雑誌がどう作られているかというと、持っている制作経費の中から、決まったページ数に対して、デザイン、イラスト、写真、テキストなどを発注し、編集者がそれらを組み合わせたりして1冊に仕上げます。
この制作経費は、自社雑誌の場合は自社の予算ですし、クライアントがあるものならその予算です。女性誌のように広告がメインの雑誌であったとしても、年間契約にしろ単発にしろ、その予算はだいたい見えます。
つまり、この時点で余分な予算はほぼありません。
じゃあ、ウェブコンテンツはどうかというと、構造はほぼ同じです。
日々入ってくる広告収入こそあれ、最低限運用するためのコンテンツ制作費は必ずあります。デザインはCMSでほぼ削れるとしても、写真、イラスト、テキスト、さらに取材費なんかも必ず発生します。
締めのタイミングはそれぞれだと思いますが、持っている予算以上には出ない、というのが実情です。
バズった記事が評価しにくい事情
このような状況で、バズったからその分ボーナスを上げるという対応ができるかと言えば、難しいということはわかるでしょう。
なぜなら、いつバズるか、何がバズるかは、誰にもわからないからです。
こんなの全然面白くないなぁという記事がなぜかバズることもありますし、自信たっぷりに「絶対当たる!」と思った記事が鳴かず飛ばずということもあります。
SEOなどである程度予見することはできても、正直なところ、SEOコンサルが言っているようなことは、一発の記事でポンと上げるようなものではなく、長い期間(つまり契約期間を長くとって)じわじわ上げていくというだけのものです。当たり前のように記事を増やせば上がるPV以上に上がれば儲けもの、何もしなくても勝手に上がるだけなので、効果のほどは……です。
編集部にできることは、PVなどが大きく跳ね上がったときに、その盛り上がりを維持しつつアベレージを伸ばしていくこと。そうやってサイトの規模や知名度が上がれば、広告収入が増えたり、予算を余計に割けるようになります。
ただし、大半の運営者はかけている予算でより多くのPVなどが取れるようになれば、それを維持しつつさらに伸ばしていきたい、と思うでしょう。×予算は維持しつつサイトが成長していくというのは、ある意味理想的なかたちですから。
となると、予算を上げることを考えるよりは、そのままがんばれ、と現場をねぎらうくらいのものです。
ここまで来て、末端のライターの報酬を上げられるかというと、ほとんどの編集部の気持ちは上げてあげたいという気持ちだとは思いますが、構造的にそれが成り立たない、というわけです。
ウェブコンテンツは書いた「ライター」だけの成果か
まあ、こんなのは編集部側、運営側の理屈であって、「納得いかない!」という声もあるかもしれません。
ただし、その記事がバズったとして、それがライターさんの文章や内容によるものだけなのか、というところも考え合わせるべきでしょう。
ある程度の規模のサイトに掲載するのと、無名のブログに掲載するのとで、どちらがバズりやすいか。
編集部とすり合わせたテーマは、果たして自分だけで考えていたら出てきたものなのか。
完全に個人ブロガーであればなんの異論もありません。ただ、バズってももらえる報酬が増えるわけではないことはウェブメディアと同じです(アフィリエイトが増えたとしてもそれはPVに連動する「広告費」が増えただけで、「報酬」は増えていません)。
「noteの有料記事」の実態は?
というわけで、運営側の思いと事情を簡単にご紹介してみましたが、成果報酬のようなかたちでウェブコンテンツを公開する方法もあるにはあります。
それが、noteの有料記事です。
実はこの構造は、電子コミックなどで実装されているものではあります。テキストなのか、マンガやイラストのように絵だったり動画だったりするのか、という違いがあるだけで、ウェブコンテンツという土俵で見ると同じです。
だったら、電子コミックで1話ごとのマンガを販売しているように、noteのテキストも販売できると考えるのはあながち間違いではありません。
ただ、ここにもちょっと課題はあります。
ひとつは、テキストは簡単にコピーでき、似たような文章を作れてしまう。つまり文章自体には「個性」はあっても「独自性」はないということです。
これがマンガであれば、筆跡や絵のタッチ、コマ割りなどが人によって全く違います。その人の作品はその人だけのものです。
しかし、テキストは個性は感じられても、よくよく読むとどこぞの自己啓発本などで書かれていること、「孔子」や「聖書」で語られてきたことの焼き直しでしかなかったりもします。かといって、自分語りのコンテンツ=エッセイは、よほどの有名人でもない限り読みたいと思う人は少ないでしょう。
語り口が楽しいからお金を出す、という人はそれほど多くはないはずですし、そもそもそれがnoteというプラットフォームがよいのか、だったらもっとオリジナリティを出せるブログの方がいいのか、といった出し方の問題もあります。
二つ目は、売れるコンテンツは内容が売れているのではなく、書き手の知名度などによる、ということです。
noteで人気の方を見てみると、それぞれの業界の中で何らかのかたちで有名になっている方ばかりです。まったく無名から頑張っておられる方も中にはいますが、それは初期のブログで成功したブロガーさんたちと同様に、時流をつかめた方たち。それを追う2番手以降の方々は、1番手の方々ほどの利益は見込めなくなっていきます。
また、有名な編集者やライターであれば、そもそも持っているファンや知名度が違います。そういう方がちょこっと記事を書いて、少しもったいぶった有料記事を出せば多少見てくれる方もいるでしょう。
1万人のファンがいて、コンバージョン率が0.1%だとしたら、1記事500円でも10人、5000円の収入です(noteにも手数料が取られますが)。
となると、note自体で頑張るのではなく、そもそもの自分の知名度を上げたりすることの方に時間を割いた方が効率がいいような気もしてきます。
私は決して、noteで成功している方々を批判しているわけではありません。ただ、一般人がテキストだけで生きていけるほどの高みに上り詰めることができるかと言われれば、かなりの夢物語だということを言いたいのです。
それは、テキストというものの力を自分自身が信じているからこそ、そして、もっとテキストに対して有料化という風潮、当たり前の感覚を持ってほしいからこその、逆説的な思いでもあります。
ブログが流行した2000年代、アフィリエイトがあるだけで金のにおいがして吐き気がしていた方も多かったと思いますが、いまや別になんの意識もしなくなりました。YouTubeの広告=配信者の収益になっているわけですが、むしろ彼らが儲かってくれて新しいコンテンツを作ってくれるならどーぞどーぞってな雰囲気にもなっていると思います。
ウェブの収益構造は、そうやって時代とともに変わってきました。変わらないのは文字媒体だけです(ガーシーみたいな会員制のものは完全に囲い込みなので、ちょっと今回の議論からも外しています)。
noteの有料記事にはそれを突き崩すだけの可能性があるとは思います。ただ、結果的には「noteから書籍化!」が成功みたいにnote自身も語っていて、ブログの時代とやってることはまったく変わらないなぁとも思ってしまいます。
三つ目は、必ずしも純粋なテキストコンテンツが評価されているわけではなさそう、ということです。ここはもうちょっと調査も必要だとは思いますが。
「note 有料記事」などで検索してみると、最初に出てくるのはたいていマンガです。つまり「テキスト」ではない。
そして、それを見た時に「ああ、たしかにそれならわかる」と思いませんか? どこぞの誰かが書いた文章にはお金を払う気にはならないけれど、時間をかけて描かれた絵には価値があるように思える自分がいます。
それはまったく悪いことでもありません。ただ、それってnoteでやることか? とも思うんです。
マンガにはマンガの流通があります。Pixivのような有料課金のイラストサイトなんかもあります。noteを使う理由はテキストとイラストを組み合わせられるか、ということかもしれませんが、やはりnoteでなければならないわけではありません。
じゃあなぜnoteなのかと言えば、多分ですが「流行っていること」と「ほかにやっている人がいないこと」だと思います(流行っているかどうかは微妙かもしれませんが、テキストベースのサービスという意味では有名ではありますね)。
どんな世界でも、ちょっと人と違うことをして目立つ人というのは、それだけで良くも悪くも注目されます。ウェブの世界は目立ってなんぼですから、一回目立って知名度が上がってしまえば、そこからほかにいろいろな取り組みができるようになります。無名のままでは何の影響力も与えられません。
純粋なテキストコンテンツの魅力とは何か
テーマがだいぶずれてきたので、最初に戻ってみます。
PV連動型のコンテンツが難しいということは、制作サイドからの声としてはご説明しました。
ただ、クリエイター側、ライターさん側の事情としては、正直そんなの知ったことではありません。正しく評価してもらいたいという気持ちも、自分もライターでもあるのでよくわかります。
そして、noteの有料記事が成功しているという例から、だったら自分の実力だけで有料記事を売っていけばいけるのか、という検証もしてみました。そうなるとただのブロガーであり、ウェブサイトなどに寄稿する意味がなくなってしまいます。
結局のところ、ウェブのテキストコンテンツというのは、内容単体で評価されているわけではない、ということを自覚しておかなければならない、と思っています。
大谷選手に関する記事があったとして、本人のコメントが1行でも載っていれば、多分バズると思います。
めったに話が聞けない人の言葉があるだけで、人は興味をそそられます。その最たるもの、行き過ぎたものが文春砲のようなものです。
それなら、陳腐なテーマで、自分に書けることだけ書いているような(このnoteも含め)駄文には何の意味もないじゃないか、とも思われるかもしれません。
ですが、ここまでの議論をすべてひっくり返すようですが、そのなんだかわからない文章にこそ、ウェブコンテンツの醍醐味や魅力があると、私は思っています。
今までの話をまとめると、
・結局、大手メディアに載ってるからバズる
・結局、知名度があるからバズる
ということになります。個人ライターの力なんてちっぽけなもんです。
ですが、そんな個人ライターの玉石混交な言葉があふれていることこそが、ウェブコンテンツの醍醐味だったはずなんです。
テキストコンテンツの現在価値
私は、2000年代にブログがブームになったころ、mixiやgreeなどのSNSが登場したころに編集者になりました。あれから20年たって、動画は爆発的に伸び、短文ブログのTwitterが圧倒的になりました。
ですが、結果としてテキストコンテンツの価値はどこにもありません。ほぼ有名人の名前や出来事を単語として乱発するだけの、「ウェブ総中刷り広告化」みたいなことになってしまっています。
そしていま、SNSやTwitterなどで勝手に拡散されて、自分の知らないところで勝手に利用されたり誤解されたりすることに辟易した方たちが、自分はここにいる、ということを主張しながら、自分の言葉で語れる個人ブログの世界に回帰しようとしています。
noteは多くの人が集まっているプラットフォームであり、自分の言葉を見てくれる可能性がある、いわば自分の記事をプラカードに書いて掲げることで、多くの通行人の中から目を止めてくれる可能性が高い「広場」のような場所です。
ですが、もともとはこんなプラットフォームなどなくても、ウェブの世界自体が、誰かが自分を見つけてくれる可能性のある広場だったはずなんです。
そこに、フリマのように自分だけの小さなお店を広げて、自分しか語れない、自分ならではの考えや意見、コンテンツを並べて、多くの人が見てくれる可能性を探ることが、再びできるようになるんじゃないかと思っています。
PV連動型のウェブコンテンツの実現には、収拾がつかないのでもう書きませんが、自分なりのアイデアもあるにはあります。ただ、今のネットの情勢の中ではなかなか難しいかもしれません。
ですが、こうやって駄文と呼ばれるテキストを書いて、それを見てくれた誰かがいるというだけで、自分のテキストスキルの熟練度はわずかでも上がっているはずです。成功体験を積み重ねていくことで、本業のライティングの自信がついたり、新たな仕事が舞い込んでくることだってあり得ます。
どうか、目先の報酬の安さだけでつらくなったりしたときには、執筆して掲載された数だけ、自分が成長しているということも考えてみてください。人の目に触れる文章を書くということだけでも、必ず何かが変わります。
最終的には「とにかく書け」ということしか言えませんでしたが、商業ライターであれ、個人ブロガーであれ、自分が何かを社会に対して伝えたいことがあるのであれば、とにかく書いてみることが大事です。
お金をもらうようになったから、無料のブログはもう書かない、というレベルに達した方もいるかもしれませんが、個人的にはほんのわずかでも書き続けることをおすすめします。それだとクライアントワークやタイアップ企画は書けても、自分の言葉や感情を書く経験が足りないからです。
与えられた商材の紹介や、取材してまとめるようなコンテンツは「こなしてなんぼ」の世界で、ぶっちゃけ変わりはいくらでもいます。
自分自身のコンテンツは自分自身の言葉の中にしか表現できません。そして、うまい人は記名原稿の依頼記事の中にも、巧みに自分らしさを盛り込んで、その評価を経て多くのメディアなどから依頼を受けるようになっていきます。
私はテキストコンテンツが好きですし、動画やポッドキャストなどがどれだけ流行っても、紙媒体がなくなったとしても、生成AIがにんげんそっくりの記事を書けるようになっても、コピペですぐに似た文章が作れてしまっても、絶対になくならないと信じています。
その信念をもって、自分自身も編集者として、クライアントもライターも読者も幸せになるようなコンテンツ作りをしていきたいと思っています。