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中国料理とみさん|兵庫県加古川市の町中華

 静かな雨の中、加古川市の日岡山公園を散策した帰り道のことだった。

 時刻は午前11時をまわり、そろそろお腹のご機嫌をうかがう時間である。

 加古川市といえば「かつ飯」だ。ぼくと妻は、もちろんこの加古川を代表するソールフードを食べるつもりでいて、いくつかのお店をピックアップ済みである。ふたりのお腹に尋ねてみても、もうかつ飯を受け入れる準備が整っているようだった。

 日岡山公園からJR日岡駅へ、そしてJR加古川駅を目指して歩き始めた。と、ぼくたちの目にとても気になる看板が飛び込んできた。

 「らーめん ぎょーざ とみさん」

 お店は、2階建ての民家の1階を店舗に改装したような外観だ。ベージュに塗られた外装が、なぜだかみょうに心をほっこりさせる。入口には赤い暖簾のれんがかかり、暖簾から視線を2階に移すと、本来そこは窓なのだろうが、アンパンマンの顔パネルがでかでかと張られているではないか。むむむっ。

 中の様子は外からうかがえなかった。が、”営業中”の木札が立てかけられている。

 ぼくと妻と、それからぼくたちのお腹も「冒険してみよう」ということで意見の一致を見たのである。


アンパンマンの隣には、ドラえもん。これで気にならないわけがないだろう。

 「らっしゃい」

 入店すると、店主とおそらく奥様が、愛想よく声をかける。60代ぐらいの方だろうか。年季の入った白い厨房服がよく似合う。ぼくたちはカウンター席に腰を下ろした。

 いかにも町中華らしい朱色のカウンターには約10席、店の奥は6名がけの座敷席がふたつ。壁にテレビがかけられていて、ちょうど将棋中継が流れている。余談だが、加古川市は棋士のまちなのだ。プロ棋士のものと思われるサイン色紙も飾られていて、この店の人気ぶりをうかがえる。厨房はもちろん、店内はとても清潔に保たれているが、床はややヌメっている。

 よし、合格。

 うまい町中華の床は、少々ヌメりがあると相場が決まっているのだ。

 席にメニューブックはない。かわりに壁にずらりと張られた紙のメニューから品を選ぶ。ラーメン、みそラーメン、しおラーメン、それに酢豚、八宝菜、から揚げなどなど眺めているだけで食欲をそそる。その中から、半チャンラーメン¥800+ぎょうざ¥300をふたり分注文した。

 注文が伝わるやいなや、それまで将棋中継を熱心に眺めていた店主は手早く中華鍋をふるい始めた。カランカランとリズミカルに奏でられるその音に、ますます期待が膨らむぼくたち。あっという間にチャーハンとラーメンがカウンターに並べられ、ついでぎょうざが運ばれてきた。

ラーメン店のラーメンではなく、これは”町中華のラーメン”である。そこがまたいい。

 この瞬間をまちわびていたぼくは口の中に一気に麺をすすりこんだ。間髪いれずにチャーハンも放り込むと、パラパラの米にスープがすっとしみ込み、口の中で混ざり合った。ラーメンにはモヤシにネギ、チャーシューが2枚とノリが添えられ、スープはほんのりと甘口だった。

 これは、播州ラーメンだ。

 播州ラーメンは兵庫県のご当地ラーメンであり、昭和30年代、西脇市の地場産業「播州織」を支える若い女性労働者のために生み出されたという。醤油味がベースなのだが、鶏ガラや豚骨、野菜を一緒に煮込んだ甘味のあるスープが最大の特徴である。「ラーメンのスープが甘い」なんてイメージしにくいかもしれないが、一度食べたら納得の、やみつきになること請け合い、これぞ、播州の味なのである。

いつもスーパーのぎょうざばかり食べているせいか、とみさんのぎょうざは大きく感じられた。パリッと焼きあがった皮をやぶると、肉汁があふれてくる。

 ぎょうざもデカくてうまかった。多分、入店してから完食するまで20分もかからなかっただろう(もちろん妻はゆっくり味わっていた)。すっかり満足したぼくたちは、店主にお礼を言って雨上がりの加古川を歩きだした。

 中国料理とみさん。いつまでも続いてほしいと思える、加古川の町中華であった。

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川口貴史
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