夜
自分のダメな部分がどうしようもなく許せなくて、体をかきむしるような時がたまにある。
僕は物事を余裕をもって終わらせるということが本当に苦手で、それが原因で周りの人に見切りをつけられないか、そればかり恐れている。
もうこれ以上恐れたってどうしようもないというほどびくびくしているのに、いざタスクが溜まっても、期限間際になるまで動き出せない。
恐らく僕に関わってくれている人たちは、そんな僕を嫌いになっていくだろう。それに対しては何も反論できないし、そうなることはどうしようもなく怖い。
運良く、結果的に誰にも迷惑をかけずにことが終わって、「気にしなくていいよ」なんてかりそめの慰めをもらったとしても、僕は僕を許せない。
そんな時、僕は誰かに自分を叩いてもらいたいという衝動に駆られることがある。全然ギャグとかじゃなくて。あと言葉じゃなくて、物理的に。
今日、また自分の怠惰さで人に迷惑をかけて、そうしてどんどん自己嫌悪に陥って、そうしていると誰かに思いっきり肩をぶん殴って欲しいなって思って。
それで一つ、気づいた?思った?ことがある。
いわゆる自傷行為とかをする人は、きっと、自分というクソでゴミな存在がこの世に存在していることそのものがどうしようもなく許せなくなって、そんな自分は”罰された”という証が欲しくなるから、手首の傷という”免罪符”を生み出してしまうのではないだろうか。
そうでもしなきゃ、こんな1ミリも価値のない自分が、人様に迷惑かけながら、飯食って寝て生きていることを、許せないのだろう。
僕は自分の体に刃物を入れたりしたことは無いし、そんなのすごく痛そうだから、これから先そういうことは絶対しないと思うのだけれども、
「肩パンして欲しい」ってどういう願望だろうって自分を見つめていったら、この結論に至った。行為そのものは違うけど、根っこは同じだと思う。
別に痛い思いするから許してくれとかそういうことが言いたいわけではないし、
人によって違うだろうから、あくまでこれは僕の場合という話で。
「どうせ誰かに気づいて欲しいんでしょ」とか、そういう言葉でいかに自傷行為やそれをする人間が愚かなことかって語る人をたまーに見かける。
そりゃ生きてるうちにわざわざ自分で痛い思いしようなんて、そういう性癖じゃなければ、誰だっていやに決まってる。
でも、きっと頭でこんなことしたいわけじゃないと思ってても、
いや、そんなこと考える時点で平常運転じゃないのか。
その行動は本人の選択なんだけど、本人の理性を離れているのではないだろうか。
こうした当事者を救うために何ができるかとか、そんなことは僕にはわからない。そして多分、その答えを知っている人はいないと思う。
ただ、少なくとも、当事者を責めたり嘲笑することは、誰も救わないし、どこまでいっても所詮あなたの自慰行為なので、
自分の寝室で、誰に何を発信するでもなく、一人で処理してくださいって。
なんだろう、自傷行為擁護派みたいな感じになっちゃったけど、別に擁護したいわけではない。
でも、自分を傷つけて罰しなきゃ自分を保てない人たちに、それすらNO!を突き付けるのは、”健全”たる強者からの暴力でしかないとすら思うので、
もしこれを読んでくれた人の周りにそんな風に悩んでいる人がいたら、先入観の「こうした方がいい」を一回捨ててから、相対してほしいなと思う。
ところで、僕の望みは、長生きして幸せに暮らすことなんだけども、
こんなどうしようもない自分が、働くことで食い扶持を稼ぐことだけに留まらず、自己実現までしなければならない、
そんな”幸せ”を、僕、だけじゃなくてあなた、はたまた見ず知らずの君が、
享受する道はあるのだろうか、そんなことを考えながら、今日も夜が過ぎてゆく。