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直木賞受賞作『夜に星を放つ』は、ほろ苦い清涼感
7月20日、第167回芥川賞・直木賞の受賞作が発表された。
芥川賞は高瀬隼子氏『おいしいごはんが食べられますように』
直木賞は窪美澄氏『夜に星を放つ』
発表から1ヶ月遅れて、ようやく直木賞受賞作『夜に星を放つ』を『オール讀物』の掲載で読んだ。
本作は今年2022年5月に単行本が出されている。
本音を言うと、『オール讀物』の楽しみは作品よりも選評なのだ。
さすが大先生のご意見だなあと感心する傍ら、それは偏見だろうとツッコミどころもアリアリで。
でも今回はグッと我慢して1行も読まず、先入観なしに『夜に星を放つ』を読んでみた。
軽快な読み心地にスルスルとページが進む。そしてまさかの感涙。やられてしまった……。
■『夜に星を放つ』 収録3篇の内容
短編共通のテーマは、家族や愛しい人との別れと新しい旅立ちだ。
また星のモチーフをうまく使い、未来への静かな希望を表している。
読みやすく回りくどい表現が見当たらない。エピソードを重ねることで心情を表現しているため、ストーリー運びに淀みがない。
コロナ禍の日常がサラリと描かれ、時代感が映し出されている。
居酒屋での時間制限、マスクの上からの疑似キス、授業中にマスクで息苦しくなる様など。
<ご注意>
*こここら3篇のあらすじを掲載。
知りたくない方は 次の目次「■直木賞としての位置づけ」へ
『真夜中のアボカド』
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コロナ禍のリモート生活に閉塞感を抱える主人公の綾。婚活アプリで知り合う男性。双子の妹を亡くした綾が喪失感を共有し合う、妹の元同棲相手。
それぞれが幸せを掴みきれず、日常に苛立ちを潜ませている。それとは対照的に、綾の部屋ではグラスに沈められたアボカドの種が新芽を出していた。
孤独な思いと生を渇望するアボカドを交差させ、希望の余韻を爽やかに描き出した一作だ。
『真珠星スピカ』
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学校でいじめに遭っている女子中学生の家には、交通事故死した母親の幽霊が住んでいる。こちらはかなりファンタジー色の濃い作品だ。
物言わぬ母幽霊の意思表示や仕掛けが時にユーモラスに描かれ、暗くなりがちな物語を明るく照らしている。
最後の物干し台での娘と父の会話、無くした真珠のピアス、夜空に飛び立つ小さな虫。それらが巧妙に作用し、静かな感動で胸が暖かくなるだろう。
『星の随に』
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小学4年生の想君は、父と父の再婚相手の渚さん、生まれて半年も経たない弟と暮らしている。
一見、仲の良い新家族だが、やはり他人同士の無理はある。やさしさゆえの崩壊は、気づかないうちに進行していた。
その状況に風穴を開けたのは……。
悪人がいなくても壊れる危うさ。気遣いよりも本音を届ける勇気こそ、持ちたいと思わせる。
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■直木賞受賞作としての位置づけ
『夜に星を放つ』は、静かに心に滲みいる、ほろ苦い清涼感の読み心地。
本棚の片隅に、宝物のように潜ませておきたい一冊になるだろう。
個人的には構成力や文章的演出など、抜け目ない上手さに圧倒された。
でもなあ。
直木賞ということでは、いささか地味な印象がなくもない。
窪美澄氏、もっと早く直木賞を受賞すべき作家ではなかったのか。
本作について言えば、もう一歩の「すごみ」が欲しかった。
それは数年経ても心に引っかかり続けるような「何か」だ。
だが今の世の中、先行きの見えない状況である。
良作の癒やし、質の高い文芸作品で心を豊かにしたい気持ちは十分わかる。
そんなことを思いながら、読了後に選考委員の選評を読んでみた。
■直木賞選考に思うこと
満場一致とはいかないが、受賞作はおおよそ高い評価で決まったようだ。
どの先生方も、技巧的な上手さを褒めている。
コロナ生活をうまく取り入れたことが高く評価されている。
予想通りだ。裏を返せば、それ以上の選評はなかった。
むしろ他の候補作への思いの方が、残念な点も含め、熱く語られている印象が強かった。
特に興味深かったのは呉勝浩氏の『爆弾』の選評である。
浅田次郎氏と高村薫氏が酷評し、三浦しをん氏と角田光代氏は視点を変えての高い評価。
宮部みゆき氏は、創作視点から内容に切り込んださすがの評。桐野夏生氏も同様である。
受賞作選評よりこちらの選評の方がよっぽど読み応えがあった。
これはもう、俄然『爆弾』を読んで確かめたくなる。
作品や選評が気になる方は、ぜひ『オール讀物 9・10月合併号』を見ていただきたい。
私のイチオシは三浦しをん氏の選評だ。桐野夏生氏も、ピリリとぬかりのない印象だった。
もちろん、笑いを誘う選評も健在。今回も楽しめた。
*次回は、前回〈フレドリック・ウラウン短編『さあ、気ちがいになりなさい』〉に続く後編、〈フレドリック・ウラウン短編『真っ白な嘘』〉を紹介します。こちらの短編は「刺激と謎解きと人間の深み」で面白さトリプル推し!