【インクルージョン】インクルージョンを高める、「インクルージョン・コンピテンシー」とは何か?(Kraus et al. 2022)
今回は「インクルージョン・コンピテンシー(Inclusion Competence)」という、個人的に興味をそそられる文献をご紹介します。
どんな論文?
この文献は、「インクルージョン・コンピテンシー」という新しい概念を導入し、インクルーシブな職場づくりにおける従業員個人の役割への理解に役立つ尺度を開発し、検証したものです。
インクルージョンに関するこれまでの研究では、ある程度まで、個々の従業員は周囲の受動的な観察者として 、あるいは他者のインクルージョンの取り組みの受け手として扱われてきたようです(Ferdman, 2014)。
著者らの問題意識は、インクルージョンに対する個人の貢献を検討した研究はほとんどなく、インクルーシブな関わり方や働き方をする推進するための個人の能力を特定し測定する方法については、驚くほどほとんどわかっていないとのこと。
そのような背景のもと、この研究では、個人の能力をより包括的に捉えることで、インクルージョンに対する全従業員の潜在的な貢献(Roberson, 2006)を明らかにすることが目指されました。
結果、インクルージョン・コンピテンシーは、メタ認知的、認知的、動機付け的、そして行動的といった、4つの能力要素に分けられることがわかりました。
以下、もう少し詳しくインクルージョン・コンピテンシーを見ていきます。
インクルージョン・コンピテンシーとは
本文献によると、インクルージョンのコンピテンシーとは、「職場におけるインクルージョン促進に特化したコンピテンシーであり、個人が、ニーズに合わせたコンピテンシー (例えば、関連知識、実践的スキル、モチベーション;Rychen & Salganik, 2003)のレパートリーを持つことが必要」と紹介されています。
具体的に言うと、インクルージョン・コンピテンシーとは、所属感や独自性への欲求を満たすことで、他者に職場で評価されているという感覚をうまく与える能力、と定義されています。
このコンピテンシーは、異文化マネジメント研究で得られた知見を活用しています。つまり、Cultural Quotient(CQ:文化的知性)の4つの次元、メタ認知的CQ、認知的CQ、動機付けCQ、行動的CQ、を参考に、以下のインクルージョン・コンピテンシーの概念を整理しています。
メタ認知的インクルージョン・コンピテンシー:自分の思考プロセスのモニタリングとコントロール、および他者の精神状態に関する仮定を含む精神的プロセスであり、他者に帰属感と独自性を与える能力を反映する
認知的インクルージョン・コンピテンシー:他者に帰属意識と独自性を与える方法についての知識
動機づけ的インクルージョン・コンピテンシー:他者に帰属感や独自性を与えることに注意を向け、エネルギーを注ぐ情動状態、価値観、態度
行動的インクルージョン・コンピテンシー:他者に帰属感や独自性を与える能力を反映する言語的行動
まとめると、著者らはインクルージョン・コンピテンシーを、認知的要素と非認知的要素の両方を含む他者志向の構成要素として概念化しています。
インクルージョン・コンピテンシーの尺度開発プロセス
この研究では、インクルージョン・コンピテンシーを測定するための尺度開発を行うために、以下の3つの小研究を行っています。
1.設問の開発
著者らは、まずメタ認知的、認知的、動機付け的、行動的といった4つのインクルージョン・コンピテンシーの次元を反映した87項目の設問を、先行研究などを参照して作成しました。
この1つ目の研究では、作成された87設問を削減するために、いくつかの分析が行われました(細かい分析内容は割愛します)。項目の特性や相関などをもとに半分くらいをいったん削り、
最終的に、20のインクルージョン・コンピテンシー設問に落とし込まれました。
2.下位項目内での妥当性検証
メタ認知、認知、動機付け、行動といった4つの次元で構成される下位概念において、それぞれの下位概念ごとのまとまり(複数の設問が、その概念を説明しているか)の妥当性と、各下位概念が違うという点の妥当性をそれぞれ検証しました。
結果、下位概念はそれぞれ異なるものであるということが示されました。
3.似たような概念との間の妥当性検証
インクルージョン・コンピテンシーが、他の概念と異なる(つまり、同じことを聞いていない)ことを明らかにするために、統計的な妥当性検証を行いました。
イギリス(327名)、オーストラリア(534名)、アメリカ(303名)でのデータサンプルをもとに、統計的な手法で妥当性検証を行った結果、インクルージョン・コンピテンシーと、似たような概念(Cultural Quotient:CQ、インクルーシブ行動、共感、ワークグループインクルージョン、インクルーシブな風土)との弁別性が検証されました。
研究結果から見えてきたこと
この研究の結果から、インクルージョン・コンピテンシーとしての要素やその妥当性が見えてきたのですが、一方で、インクルージョン要素とされる、他者の帰属感や独自性への具体的な影響に関して、思考、態度、行動を分離することは困難だったようです。
言い換えれば、所属感と独自性のニーズは区別可能であり、包摂感を生み出すためには満たされなければならないことが研究で示されている一方で、
インクルージョン・コンピテンシーのいくつかの設問は、(明確に区別されるのではなく)所属感と独自性のニーズを同時に満たす、といえるようです。
また、今後の研究への期待として、インクルーシブ・リーダーシップにも触れられています。著者ら曰く、「チームにおけるインクルーシブ・リーダーシップとインクルージョン・コンピテンシーとの関係を調査したり、インクルージョン・コンピテンシーがチームにおける心理的安全性に及ぼす影響を調査したりすることが考えられる」とのこと。
感じたこと
まさに、最後に触れられた点が気になっていました。インクルージョン・コンピテンシーが、インクルージョンを促進するような能力だとすると、リーダーの発揮するインクルーシブ・リーダーシップと何が違うのか、という点を気にしながら論文を読んでいました。
(リーダーの行動と、個人の能力という違いはあるものの)
インクルーシブ・リーダーシップにおいて、研究で最もよく参照されるCarmeli et al.(2010)は、下位次元を「開放性(Openness)」「近接性(Accesibility)」「有効性(Availability)」と定義しましたが、この定義と、今回の4つの要素は、確かにずいぶん異なる気はします。
リーダーシップやらコンピテンシーやら、いろいろ出てくると、「どれを使えばいいの・・・」と困ります。。
とはいえ、研究者は、独自性や新奇性を出す必要もあるので、どうしても、違う切り口でいろいろなものが出てきてしまうようにも思います。使えるものを見極めながら、取捨選択や優先順位付けしていくことも大事だな、と思う日々です。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?